第10話 価値

 時は遡り――楓が夏希を連れて部屋に向かった直後、明と未来と葉月は自分たちの部屋に入った。


 明は思案していた。この先どうするべきか。この世界で生きていくためにはこのチームには問題がある。それは今日一日だけでも嫌というほど伝わってきた。

 葉月のことだけではない。楓のこともである。


 あれは”危険”だ。


「思ったより綺麗だね。正直あまり期待してなかったけど」


「一つ星とはいえ清掃は行き届いてる。案外悪くないだろう?」


 明と未来が話すが葉月は一言も話さない。ベッドに座ったまま、何をするでもなく俯いていた。早紀との会合以降、葉月はほとんど口を開いていなかった。


「女性陣どっちか先シャワー浴びてくれば?ついてるでしょ。なんなら僕その間部屋出てるよ」


「……ふむ。では私が失礼しようかな。ただ出て行かなくて良いよ。ゆっくりしていてくれ」


 そういうと未来は明に目配せをしてからシャワールームに入っていった。


 明は一人うなずくと葉月の方に目を向ける。


 なんとか表情を取り繕ってはいるが目は暗く打ち解けた後の明るさは消えていた。早紀との会合で想像以上に心に傷を負っていたようだ。問題は早紀と葉月の間に何があったのか詳しく知らないことだ。なんとなくの推測はできるがそれ以上にもそれ以下にもならない。


(あまり踏み込みすぎるは危険だな……だからといって楓に任せろといった手前なにもしないわけにもいかない。ある程度で楓に引き継ぐのがベストだが……楓についても話さなければいけない以上あまり時間は使えない。できれば僕が立ち直らせたい。なにより――)


 明が葉月とは違う方のベッドに座る。少しの間沈黙が続いたが明がおもむろに口を開く。


「……葉月はさ、好きなものってある?」


「……え?」


 明の質問に葉月が久しぶりに言葉を発する。何かを考えて言葉を発したというより驚いて口を衝いて出た言葉だった。


(良かった……とりあえず話すことはできるみたいだ)


「いや普通に質問だよ。今日会ったばっかだしわかんない事ばっかでしょ。だから聞いてみたかっただけ」


「……別に……好きなものなんてないよ」


「ほんとー?なんでもいいよ?」


「……まあ強いて言うならケーキは好き。あと映画」


「いいねケーキ。何ケーキが好き?」


「え……普通の……苺の……」


「あー苺ね!ちなみに僕はモンブランが一番好き。モンブランにも種類とかあんだっけ?」


「あーうん。純粋に黄色と茶色のでも違うし、最近は変な形のやつも増えてきてるよ」


「へーあとで食べてみたいな。映画はあんまわかんないけどおすすめとかある?」


「うーん……まあショーシャンクは鉄板だよね。個人的な趣味全開で行くならレオンを推したい」


 いつの間にか葉月は普通に話せるようになっていた。まだ目は暗いままだが表情は取り繕わない静かな笑顔に変わっていた。


「へーいいね。じゃああとで一緒に見よう。」


「ふぇっっ!?」


 葉月が驚いた声を上げ頬を紅潮させる。


「ケーキも食べよう。この世界にもケーキ屋はあるだろうから明日にでも。映画は……この世界で見れるかわかんないけど。もし見れなかったらこのゲームが終わってから一緒に見よう。もちろん楓も一緒にだ」


「急にどうしたの……?」


 明は言葉を選んでいた。傷つけないように。

 でも――辞めた。葉月にかけるべき言葉はきっとそんな言葉じゃない。


「葉月に何があったのか……俺にはわからないけど、きっといろいろあるんだと思う。つらいことも嫌なことも。だから過去のことを考えるのはやめよう。どんどん嫌な気分になってくる」


 明は葉月の目を見ると優しく笑う。


「過去のことで自分に罰を与えるより、過去のことで自分自身に蓋をするより、もっと未来のことを考えていよう。明日は何をしようか。明後日は。その次は。このゲームが終わったら。そんな未来のこと。全部いい日が待ってるなんて無責任なことは言えないけど……その方が、きっと楽しい」


 取り繕わない、明の本音。


 明には葉月に何があったのかわからない。わからないからこそ前を見るしかない。その方がと思うから。ただそれだけ。


 それでも葉月にとっては――


「うん……そうだね。うん!わかった!楽しみにしとくー!」


 葉月の目に灯りが戻り、明を見て笑った。


 葉月にとっては――葉月を照らす、光のような言葉だった。





 未来がシャワーから出て真っ先に明にアイコンタクトを取ると、明が笑って返したため、なんとかなったんだと思い、三人で雑談を始めた。すぐに楓が夏希を連れて部屋に戻ってきた。二人の顔は出会った直後に比べて大分明るくなっていた。


「戻ってきたけど……なんとかなった感じかな」


楓が安堵の視線を葉月に向ける。


「うん。心配かけてごめんねー」


「いんや、持ち直して良かった」


 楓と葉月が二人で笑い合う。


 明はそれを見て安堵する。


(葉月はもう大丈夫だな……問題は楓のほうか)


 葉月とは真逆。葉月の笑顔によって心の再起を安堵したのと同時に楓の笑顔に危険性を感じていた。


「楓、ちょっといい?」


 明は楓を呼んで廊下に向かって歩く。


「えーやっと戻ってきたのに。またかよー」


 楓の返答にすまんと返しつつもそれを辞めるつもりはないらしく、歩みは止めない。楓も本気で嫌がっていたわけではないためすぐに乗る。


「どこ行くん?」


「夏希、君の部屋借りて良い?一対一で話したい」


 夏希は満面の笑みでOKをだした。


「じゃあ行くか」


 間の抜けたような声で返事をすると楓は明に続くような形で歩く。未来が軽く目で二人を追っていたが二人は気づかなかった。





 二人で廊下を歩く。夜になったことによって廊下には明かりがついていた。隣の部屋の扉が閉まっていたため、いつのまにか誰かが来ていたようだ。そんなことを考えていると大した距離ではないためすぐに夏希のいた部屋にたどり着いた。


 部屋の中は静まり返っており、窓から入る冷たい風が肌を刺す。


(窓開けっぱだったっけ?)


「楓」


 楓が考え事をしているとそれを振り切るように語気を強めた明の声が聞こえ、楓が振り向く。


「話がある」


 その強めの声と楓を見つめる瞳が真面目な話だと告げていた。


「……うん。知ってる。だから来たんだし」


 明は楓がきっちり話を聞いてくれるのを確認するとふうと肩の力を抜きベッドに座る。その顔には随分疲れがたまっているのが見て取れた。


「大丈夫か?もう休憩した方がいいんじゃね。葉月もお前がなんか言ってくれたんだろ?……ありがとな」


「別に良いよ。礼を言われるようなことじゃない」


 楓は恥じらいながら礼を言い、それに加え明の身を案じたがそれすら取り合わないほどの優先事項。楓の中で明の話の重要度が上がる。

 それと同時に楓は少し焦っていた。話の内容の予想がつかない。初めは普通にこれからの作戦会議を二人で先にしておこうという話だと思っていた。

 しかしこの明の反応はこの話がもっと重いものだと楓に感じさせていた。


「んで、話ってなあに」


「……今日のこと」


 相も変わらずなんの話かわからない。今日起きたことで今話せるようなことは基本解決したはずだ。楓は悩む。


「今日、葉月の昔の知り合いに会っただろう」


 葉月の話題に少し安堵する楓。


「そーね。なに葉月のこと?それならいくらでも――」


「いや違う。それはもういいんだ。葉月から以外その話を聞くつもりはない」


 そうだろうなと楓は思う。だからこそ楓は最初の話の予想に葉月の過去の話を入れなかった。明はそういうやつだ。


「じゃあ何だよ。勿体ぶらないではやく」


「そうだね……君あのとき早紀という男に対して何をしたのか覚えているか?」


 明に質問に純粋に困惑する楓。


「え……普通にぶん殴ったけど」


「そのあと彼がどうなったか見たか?」


「血吐いて倒れてたね。たぶん死んでんじゃねーの」


 明がうつむく。その様子を見て楓は察する。


(あーそういうこと)


 うっかりしていた。第二ミッションが出た時に心の中で思ったばかりだったのに。


「これは……葉月にも似たようなことを言ったんだけど、僕は楓が過去に何があったのか知らない。だからあまり深くは言えない」


「うん」


「こんな世界だしきっと間違いではないんだと思う。でも正しくはない。君のそれはいずれ仲間に危険を及ぼす」


「うん」


 明が大きく深呼吸をする。


「……命をあまり粗末に扱うものじゃない。……別に殺す必要はなかっただろう」


 部屋全体がシーンと静まりかえる。明は勿論、楓も口をつぐんでいた。


(やらかしたな……)


 楓は第二ミッションが出た時のことを思い返す。悪人一人殺せば解決。しかし明がいる前でそれはできない。しっかり考えていたはずなのに。

 その後、早紀に煽られ激情しそんなことも忘れていた。激情に駆られそのまま一人殺してしまった。明たちの目の前で。


「……そうだね……」


 楓は返答に困っていた。


(何で明の前で殺っちゃったんだ……)


 焦りと後悔が入り混じる。楓はなにも言えなかった。


「今までにも……したことがあるのか……?」


 これにも何も答えられない。楓は自分がおかしいことを知っていた。自分自身が歪なものだと理解していたのだ。



 小学生の時、教室で飼っていた蝶を思い出す。蛹からかえり、たくさんの蝶が青い空に向かって飛び立つ。しかし一匹だけ――



「……もちろん人殺しが良くないことなのは知ってるさ」


「そう……なのか。じゃあさっきのは必死だったから……つい……ってことか?」


 ここで楓は誤魔化すこともできた。しかしそうはしなかった。したくなかったのだ。全面的に信頼の置ける、精神的に自分を支えてくれる数少ない友達に。


「……俺はさ……ヒーローになりたいんだよ。正義のヒーローに。明も知ってるだろう?何度も学校で言っていたはずだ」


 楓は明の顔を見ずに続ける。


「だから……悪は滅ぼさなきゃ。あんな奴らは……生きてちゃいけないんだ」


 一瞬希望を見たような顔をしていた明はすぐに俯き考え込み始めてしまった。


 楓はそれを見て確信する。――駄目か……


 少しの間が空いた後、明が口を開く。


「きっと楓は僕とは見える世界が違うのかもしれない。でも僕はこれ以上君に人を殺してほしくない。たとえそれが悪い人であってもだ」


 楓は少し間を置いた後、笑顔を作って言った。


「まだ……明の言ったことを完全に納得したわけじゃないけど……明がそう言うなら頑張ってみるよ」


 楓は明に多大なる信頼を置いていた。それは今までだけではなくこの世界に来てからも変わらなかった。


 そんな明に楓は言った。作った笑顔で、作った言葉で。なにかに失望するのを隠すように。


 楓に次ぐように明の顔も明るくなる。


「そっか……なら良かった」


 そう言って明は笑った。

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