第9話 庇護
「楓……?」
楓は声がした方を向く。そこにいたのはここにはいないはずの人。自分の守るべき最愛の人。
「……夏希!?」
楓が驚きの声を上げるのと同時に明も夏希の姿を視認し驚愕した。
「嘘……ずっと出口見張ってたのに……」
楓は急いで夏希に駆け寄る。夏希も同じように楓の方へ駆けてくる。
「大丈夫だったか!?怪我は!?なんか嫌な目に遭ってないか!?今は一人なのか!?」
楓は心配からまくし立てるように質問する。
夏希は苦笑いをするとすぐに落ち着き冷静に返答した。
「大丈夫だよ。今は一人だけど基本このホテルから動いてないから」
楓はポイントのことや第一ミッションのことを聞こうと思ったが夏希が無事だった安心感と、久しぶりに夏希に会えた充足感で体の力が抜けてしまった。顔の筋肉が緩み柔らかい顔になる。
「じゃあ……もっと話聞きたいんだけどもう部屋取ってんの?」
「うん。こっち来る?」
夏希はそういうと奥の部屋を指さした。楓たちと同じ二人部屋だった。
楓はどうしようかと明のほうを向くと、明と目が合う。明は楓と目を合わせた後、葉月の顔を見て苦い顔をする。明は夏希とも知り合いだったため、夏希と楓の関係は知っている。
しかしあれ以来ほとんど口を開いていない葉月をこのままにしておく訳にもいかなかった。
「……わかった。二人の関係は知ってるしそっちはそっちで話してきて良い。こっちは任せて。ただその代わり、終わったら夏希と一緒にでもいいからなるべく早く戻ってきてくれ」
明が懇願するように楓の目を見つめる。
「ああ。わかった。ありがとう」
楓が夏希と二人で奥の部屋に歩いて行ったのを見送った後、明たちも自分の部屋に入った。
楓は部屋に入ると荷物が置いてある方のベッドに座った。
夏希も習うように逆のベッドに座った。
「先にシャワー浴びて来れば?ちょっと汚いけど汗くらい流せるよ」
「あーうん。え、俺臭いかな……」
「いや別にそんなことはないけど笑。ただ疲れてるかなーと思って言っただけ」
「そか。ならいんだけど」
そんな話をしていると先ほどの心の焦りも無くなって落ち着いてきた。
「シャワーはとりあえずいいや。とりあえずこれまでのこと聞きたいんだけど」
「そーね。じゃあ説明するね」
夏希は一呼吸置くと、淡々とした口調で説明し始める。
「まず、楓と別れた後一応警察呼んどこうかなと思って警察に電話したの。そしたら急にでっかい男の人が目の前に現れて。いつの間にか眠ってたっぽくて目が覚めたら体育館みたいなとこにいて変な人形が出てきて……」
「あーたぶんそこは一緒だな。俺も人形みたいなやつが説明しだした」
楓は自分の脈打つ心臓を抑え、冷静に自分を落ち着かせる。
「あ、そーなの。じゃあそこ出た後ね。そこ出た後はすぐに放送が鳴って第一ミッションやりに行った感じ」
楓は明が夏希を見つけられなかった理由を理解した。
(出てすぐアナウンスが鳴ったってことは俺が出た後にもう一組いたっぽいな。見つからなかったのは俺たちが移動してから出てきたからだろう)
「そのあとは第一ミッションの会場に行ってー能力もらってーその後の試用は能力使った後降参宣言したら出れたよ」
「降参って行ったのか!?どんなペナルティがあるかわかんないのに!?」
声を荒げる楓に夏希は苦笑いをする。
「まあ大丈夫かなーと思って。それにもしペナルティがあるならそれこそだよ。たぶん相手の子、私より年下みたいだったし。そんな子にペナルティなんて負わせられないでしょ?」
楓は再度俯く。ここが夏希の長所でもあり弱点でもある。
どんな状況でも他人のことを
しかしこの姿勢はこのゲームにおいて危険だ。おそらく夏希は対戦相手が自分より幼い相手ではなく成人した大人であっても戦わず降参しただろう。それも戦いの恐怖からではなく、相手に不幸になってほしくない、傷ついてほしくないという気持ちから。
どんな時でも相手を庇護し、他人の幸福を願う。それが夏希という人間である。
だからこそ楓は夏希を助ける。誰からも守られず助けられないヒーローを。同じくヒーローを目指す者として。
「夏希……お前の気持ちはわかる。弱い者を助けるのは素晴らしい心の有り様だと思う。でも、でも……その……」
「ん?なに?」
楓は否定できなかった。夏希の心のあり方を。それをしてしまうと夏希自身を否定してしまいそうだったから。なにより――
同じ道を志す者として自分まで否定してしまうのが嫌だった。
「いや……なんでもない。続けてくれ」
「そのあとは普通にこのホテルに逃げ込んで一人でゴロゴロもぞもぞしてたよ^^」
「……は?」
「ん?」
「いや……第二ミッションは?」
「まだやってないよ。こんなか弱いレディ一人でできるわけないでしょ!?明日にでもダンジョン行って協力してくれる人探そうと思ってたの!」
楓は困惑した。ショックで記憶でも飛んだのか?と。
「じゃあどうやってこのホテルとったんだよ。こんなんでも金はかかるだろ?」
すると夏希は不思議そうな顔をした
「わたしが入ったときは無料だったよ?いくらですかーって聞いたら無料ですのでどうぞお入りくださいって案内の人が。てかか弱いレディツッコミなしかよ」
楓はさらに困惑した。ショックでおかしくなったのか?と。
しかしその後、夏希が当時のことを事細かに説明し始めたため、記憶違いではないと考え直した。
ではなぜ夏希だけが無料だったのか。
「今話したので全部か?」
「そーだよ。今話したこと以上のことはなーんもしてない」
楓は少し疑っていた。夏希の発言そのものではなく、夏希の道筋に、だ。夏希にとっては記憶に残らないようなことでもゲームにとっては特別な事をしたのかもしれない。
例えば、人助け。
(途中でおばあちゃん助けたりしてる可能性があるんだよなー。それがこのホテルの支配人とか……)
楓はその疑惑を晴らすため夏希に質問を――
「そうか。ありがと」
しなかった。
理由は単純明快。
(ここで質問したらしつこいって思われるかも知れん)
嫌われたくなかったからである。
「後は……そうだな。能力教えてほしいな」
「えっとどこにかいてあるんだっけ……」
「端末の……そうそこ」
楓は夏希に操作方法を教えながら端末をのぞき込む。
「
「みたいだね」
「水泳部だしちょうどいいじゃん」
「関係ないでしょ。そんなこと言ったら楓だって水泳部じゃん」
たしかに、と言って二人で笑う。
(なんか和むな。夏希と話していると)
なんだか日常に戻ったような気がした。
戻ったような気がしていた。
そんな勘違いをしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます