第8話 悪童

 半年前――


 葉月は家が楓の住んでいるところよりも南に離れていたため、葉月は楓とは別の中学校に進学していた。


「ほーれぇ見えるかぁ?これなーんだぁ?」


 放課後の学校の廊下。早紀の手には葉月の写真が握られている。裸の写真である。早紀が服を無理矢理脱がせ撮らせたものだった。


「いや……いやあ……やめてよ……」


 早紀が写真を頭の上でぶらつかせ、葉月は泣きながら飛び跳ねてその写真を取ろうとしている。それを見て早紀とその取り巻きたちは笑っている。廊下には他にも通行人がいたが、誰もそれを止めようとはせず、見て見ぬふりをしている。誰も知らない人のために自分の身を危険に晒したくは無い。


 葉月は昔から親がおらずそれが理由でいじめられていた。しかし、早紀にとっては理由はどうでも良かった。ただ遊び道具がほしかっただけである。


 初めは無視やわざと机にぶつかるようなちょっとした嫌がらせだった。しかし日に日にいじめはひどくなっていき、裸の写真を撮らせた後はさらに悪化。その写真をネタに脅し、金品の要求や、犯罪行為の強制など、どんどんエスカレートしていった。


 葉月の性格上先生には相談できず、相談できるような友達もその学校にはいなかった。


「あははははは!これ教室に貼っちゃおっかなぁぁ!」


「だめ!お願いやめて……ください……」


 この日も同じように早紀からいじめられていた。いつもの日常。


 そのはずだった。


「そんなに見せたいならお前の裸でも貼ってろ」


 早紀の後ろからそんな声が聞こえる。


「あぁ?何言って……ぶっっ!」


 言い終わる前に早紀はぶっ飛び廊下に叩きつけられ、床に倒れていた。


「な……なにが……」


 取り巻きたちが不思議に思っていると葉月が泣きながらその人物にすり寄った。


「かん……ざき……」


「……おう」


 なぜここに楓がいたのか葉月にはわからなかったが、それで十分だった。


 結局その後早紀と取り巻きたちは楓にボコられ、葉月は楓のいる学校に転校してきた。





 ――現在


 その早紀と楓が再び向かい合って殺気を向け合っている。


「馬鹿は死ななきゃ治んねえか」


「んな連れねえこというなよ!俺はお前と会うの楽しみにしてたんだぜぇ?」


 早紀がここまで楓たちに雑にしつこく絡んできたのは楓にあの日の仕返しをするためだった。あの後、早紀は顔の骨が折れており入院。自分たちのいじめがバレるため楓のことを警察に言うこともできず、悶々とした日々を過ごしていた。そんな時、唐突に訪れた復讐の機会。早紀は歓喜した。葉月を見つけた際、楓のことも見つけ後をつけてきたのだった。


「見せてやるよぉ!俺の能力、無限針ヘッジホッグ!」


 そういうと早紀の周囲に巨大な針が現れた。針は宙に浮きその針先は楓の方を向いている。


 早紀の能力は「無限針ヘッジホッグ」。その名の通り、針を生み出す能力である。それは鉄でできており、全長60センチ、太さが一番太いところで30センチほどもある巨大な針だった。

 楓と戦った男の能力、拳銃生成トリガーシャフトと違う点は体に合成ができない代わりに生成した針を相手に向かって飛ばせる点である。その速度は時速1000キロ。弾丸よりは少し遅いが、サイズは比にならないほど大きいため、回避は困難である。


「俺はこの能力で初戦圧勝した!相手はこの能力の前にうずくまることしかできなかった!俺が最強だ!」


 事実、早紀はこの能力によって初戦を難なく勝ち抜けていた。その勝利によって早紀は自分の力を確認、強能力を得たことによって調子に乗っていた。


 早紀の針が楓に向かって飛ぶ。楓はそれを躱し、針が空を切る音が聞こえる。空を切った針はその後、速度を減少させコンクリートのタイルに落ちてゴイィンという鈍い音を響かせる。


「まだまだぁ!」


 早紀の針の生成量は無限。生成に少し時間がかかるとは言え無限に針が飛んでくるのは脅威。普通の人間であれば最初の一撃を交わすことすら困難な上に、それを防いだとしても第二、第三の攻撃が襲ってくる。ゲーム開始当初というまだ皆が能力に慣れていない段階でのこの能力は一方的に蹂躙可能な強能力であった。


「はあ……」


 瞬間、早紀の視界から楓の姿が消える。


 楓は早紀の足元に潜り込み、足をかけ転ばせる。追い打ちはしない。


「ちぃっ」


 早紀は楓のいる方向に針を飛ばすもすでにそこに楓はおらず、向こう側の気に刺さる。体を向け直し、針を飛ばそうと手をかざすもそれより早く楓が早紀の腹に蹴りを入れる。


「がっっ」


 早紀が悶えるように倒れ込む。


「くそっ……くそっ!」


 早紀が地に伏したまま針を射出する。満足に狙いが定められない状態で撃った針は避けるまでもなく明後日の方向に飛んでいく。


 楓がゆっくり近づく。早紀がもう2度とこんなつまんないことしないように。早紀の体に恐怖を染み込ませる。

 効果は抜群。先ほどまでの調子に乗っていた早紀の姿はなく、怯えた子犬のような面持ちで座り込んでいた。楓が近づくと周囲に針を生成。楓はいつでも躱す準備をしていた。

 

 しかし、楓は二つ読み違えた。一つは楓が怯えた末にどんな行動を起こすか。二つ目はその針の行く先である。


 今回は先程とは違い、楓を狙わなかった。


「えっ……?」


 葉月の困惑の声が楓の耳に届く。射出された針は一直線に葉月を狙う。


「っっっ!どこまでも……!」


 楓は体をひねり進行方向を変える。向かう先はすさまじい速度で飛ぶ針と硬直する少女の間。


 針は音速と同等の速度で視界を超え、風を切り風籟ふうらいの音がなる。


 ガガガガっ


 足がコンクリートに擦れ、靴がけづれる音がする。


「なに……!?止めた……!?」


 ギリギリのところで楓の手が針をつかみ止める。楓の手が摩擦で黒くなり、熱による痛みがはしる。


「お前は……どこまで腐ってるんだっ……!」


 握っている腕に力が入り針にひびが入る。


「その身勝手な我欲で……その好奇の悪行で!どれだけの人間の!人生を!めちゃくちゃにしてきたんだ!!!」


 楓の怒りの咆哮で空気が震え、周囲の木の葉が揺れる。楓の握り込んだ拳が巨大な針を粉々に砕いていた。


 過去から累積した悪行への正義からの激昂。ヒーローを目指す者として悪をねだやす者として早紀の行いは楓にとって到底許せるものではなかった。




 未来が驚いたように声を上げる。


「彼は……何者だ?まだ能力も使っていない。あれは人間の動きなのか?」


 明がそれに応答するように笑う。


「さあ?僕にもわかりません。ただ……体育の授業の時は、楓は化け物って呼ばれてましたよ。だからもしかしたら人間じゃないのかもね」


「神様だよ」


 未来と明が不思議そうに葉月の方を向く。


「神咲はあたしのヒーローで……神様なんだよ」





 早紀は楓に針先を向け飛ばす。楓はそれを躱す。これの繰り返し。


「くそっっっ!なんでだ!なんであたんねぇ!」


 早紀がいらつきながら針を飛ばすが楓には当たらず逆に打ち込まれ痛みでうずくまる。早紀はめげずに針を撃ち続けるが当然当たらない。早紀の撃ち方はワンパターンであり、すでに楓は見切っていた。


「なんだこれ……」「あり得ないだろ……」


 後ろの取り巻きの男二人がざわつく。


 楓は早紀が射出した針を掴み、その勢いを殺さぬよう一回転して早紀に投げ返す。ぎりぎりで早紀のもう一本の射出が間に合い相殺するも、早紀は腰が抜けてその場にへたり込む。


 楓が前に踏み込む。早紀の前に怒気にまみれた鬼の面をした楓がにじみよる。


「ま、まて!ちょっと待ってくれ!魔が差したんだ!許してくれ!もう葉月には近づかないしお前にも手を出さない!だから――」


 言い終わる前に楓が口を挟む。


「勘違いしているようだから教えてやろう」


 楓が早紀の目の前にに立ち早紀を見下ろす形になる。


「一つ、お前の能力は強いがそれでお前が強くなったわけじゃない。そのまま戦っても何もできないのは自明の理。二つ、半年前は学校への影響と葉月のことを考えて本気を出してはいなかった。その状態で勝てなかったお前に勝ち目なんてあるはずもない。三つ、お前は悪人だ。一線を越えたよ早紀。俺はお前に容赦などしない。悪は滅す。それが俺の責務だ」


 悪は許さない。それが楓のポリシーであり生きる指針。


「ひぃぃぃっっ……!」


 早紀と後ろの男たちが同時におびえた声を上げ逃げ出す。


「なんだ……会うの楽しみにしてたんだろ……?もっと話していけや……悪童くそガキ


 楓は一瞬で早紀に追いつくと、あのときできなかった悔恨と自分の矜持をこめて早紀の腹部に全力の一撃をたたき込んだ。


「かはっっっっっ……!」


 早紀は数十メートル後方にぶっとび、木に叩きつけられる。背骨が折れ、吐血し倒れた。


 楓は後ろの男たちの方を向くと殺気を飛ばす。


「お前らもやるのか……?」


 後ろの男たちはその言葉を聞くやいなや慌てて早紀を抱えて逃げ出した。



 

 楓が明たちのほうに帰ってくる。


「ごめんみんな。勝手な行動しちゃって。ちょっとでしゃばった。」


 葉月は楓のほうをじっと見つめている。


「葉月も……大丈夫だった?」


 楓と葉月の目が合う。


「ぅえ?うん。大丈夫。ありがとー」


(露骨に大丈夫じゃないな……完全に空元気……公園はミスだったか……?)


 楓は葉月の無事を確認し、一安心。他のメンバーの様子も見たが特に異常はなさそうだ。明が目を見開いていたのが気になったがすぐにこちらを向いた。


「楓……ちょっと――」


 明が楓に話しかけとうとした時、ポーンという音が鳴った。


「びっくりした!何の音?」


 音の発信元は楓の端末。メッセージの通知音だった。


「なんか俺の端末に来てんね」





メッセージ


神咲楓 さんへ


 第二ミッション達成おめでとうございます。現在入手したポイントに関してはポイント画面を確認ください。





「今のでポイント獲得できたのか……戦いの判定謎だな。」


「そこら辺も含めて話したいことがあるから場所を変えないか?さっきみたいなことも起きるかもしれない」


 明が先ほどのことも考え場所替えを提案する。


「どこ行く?公園より人の目につかなくて危険が少ないとこ……とりあえず室内に入りたいが……」


 楓が悩んでいると久しぶり未来が口を開く。


「さっきポイントが手に入ったんだろう?アナウンス通りならポイントはゲーム内通貨として機能するはず。それならホテルにでも入れば良いじゃないかい?」


「そっか。確かにそうですね。じゃあ持ってるポイントだけ確認しよ」


「どこにあるかわかんないし歩きながら確認しよう」


 そうして四人は歩き出した。確認したところ、楓のポイント数は20000ポイントだった。


「基準がわからんなー」


「どんなもんなんだろうね20000ポイント。一泊くらいできるかな」


 そんなことを話しているとすぐにホテルが見つかった。レンガ調の門で外観だけだとホテルだとわからないくらい周りの風景に溶け込んでいた。


「案外すぐあったな。歩いて五分くらい?」


「とりあえず入ってみよう。料金も見てみなきゃわからないしね」


 四人はホテルに入っていった。


「いらっしゃいませ」


 ホテルに入るとすぐに案内人が話しかけてきた。


「え……人……?働いてるの……?」


「いやNPCだろうな」


 NPCとはNon Player Characterの略であり、ゲーム上でプレイヤーによって操作されないキャラクターのことである。


「なんだ……」


 戦うより働いていた方がいいと考えていた葉月はがっかりしてため息を漏らす。


 案内人に向かって楓が話しかける。


「泊まりたいんですが料金表とかありますか?」


 案内人が極めて自然な動きで奥から紙を取ってきて、四人に見せる。


「こちらが料金表になります」


 四人でそれに目を通す。


「四人部屋30000ポイントか……足りないし。20000だと二人部屋が限界だね。それでも割とするし……170000ポイント……」


「一番不安なのは1ポイントの価値がわからないことだな。部屋めちゃボロかったらどうしよう……」


 楓と明がそんな不安を口にしていると


「いや大丈夫。ここは狭いが寝具は綺麗だし清掃は行き届いてる。とりあえず休憩する分には問題ないよ」


 未来がまるで来たことがあるかのような口ぶりで言った。


「明日野さん来たことあるんですか?」


「あーうん。まあね」


「なら安心ですね。じゃあ二人部屋一泊で」


 未来の話を聞いた楓は案内人にいうと案内人に鍵をもらい、4階の部屋に向かった。階段で。


「「なんでエレベーターないんだよ……」」


「そこは我慢さ」


 ぶつくさいいながらも四人は部屋の前にたどり着く。期待4不安6くらいの気持ちで部屋のドアを開けようとドアノブに手をかける――


「楓……?」


 とても懐かしいそしてどこか心地良い声が聞こえた。それはまるで田舎に帰省た時に香る草木の匂いのようなどこか落ち着く声だった。


「……夏希!?」


 どこかで午後六時を伝える鐘の音がなった。

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