第5話 能力
拳銃だった。その男の手は拳銃になっていた。
拳銃は腕の大きさに比例して肥大化し、キイイという澄んだ金属音が耳に響く。
「なんじゃあそりゃあ……」
男が銃口を楓に向けるのとほぼ同時に楓がかけ出す。
しかし、先程のようにはいかなかった。銃口を向けるのと同時に弾が放たれる。先程までの銃口を向けて、引き金を引く。という2つの工程を手が拳銃になったことによって1つの動作に短縮していた。
「
拳銃と同様肥大化した弾が楓の頬を掠める。
(やばいな……)
楓が焦っていた理由は大きくわけて二つ。一つは相手が能力の使用に慣れていたことだ。
もともと拳銃の扱いになれていたこと。そして男がもとより持っていた身体センスによってすでに男は能力をものにしていた。
二つ目は楓が自分の能力を把握していなかった事だ。
(完全に忘れてた……端末を確認する暇がない……!)
楓はつい先程まで端末に書いてあった《能力》の欄の存在を忘れていた。
(たぶんあそこに書いてあんだろーなー……あいつがなんの躊躇もなく能力使ってんのも確認したからだろう)
楓の読み通り男は更衣室にて能力を確認していた。
男の能力は「
その効果は拳銃の生成、及び生成した拳銃と身体の合成である。自身の手を拳銃と合成することによって拳銃及び銃弾のサイズを肥大化、それに伴い弾速も増加し弾も自身の体液を変換し、作成するため自信の体液がつきるまで自己補完で半永久的に補給し続けられる。
しかし合成にはある程度の時間を要するため最初の戦闘では使用していなかった。
(きっついな……)
男はもう片方の手も拳銃と合成。両の手が巨大な拳銃になった。半永久的な弾の補充によって、何の
(拳銃対策の基本、視線と銃口を見て弾道から身を逸らす。その判断と対処が間に合わない……タイムラグの消失でここまで変わるものなのか……)
楓は回避に専念するしかなく、なんの障害物もない体育館で放たれる銃弾をかわすのは簡単なことではなかった。しかし楓は持ち前の人間離れした身体能力により銃弾を避け続けていた。
男は男でこれだけの能力を持ちながらも攻めあぐねていた。それは未だ出ていない楓の能力を警戒していたためである。
(あのガキの能力はおそらく身体強化だ。あの人間離れした動きはそのせいだろう。しかし上がり幅がわからない……もし先ほどの打撃が本気ではなく、次に殺す気で打ってきた場合、次こそ耐えられない可能性もある……)
お互いが攻めきれずいた。しかし人間が永遠に銃弾を避け続けることなど不可能。楓がその凶弾に倒れるのも時間の問題だった。
(このままだと先に倒れるのは俺だな……何か手を打たないと……)
楓は勝負に出る。加速して一気に男の懐に潜り込む。男は楓の動きに目が追いついていなかった。
(貰った!)
楓は拳を握り締め脇腹目掛けて打ち込む。……がその拳が男に届く前に楓の腹に蹴りが入る。
「っ……!あの大勢から……!?」
楓の読みではあの状態から反撃するのは不可能のはずだった。しかし、男はふくらはぎの内側に拳銃を生成&合成。弾を装填せず空撃ちし、その勢いで無理やり蹴りを入れた。
体勢をくずした男が立て続けに拳銃を撃つ。
「くっっ……!」
全部は避けきれず、男の放った銃弾が楓の
「がふっっ……!」
口から血を吐き膝をつく。貫通した弾丸は、衝撃で周りの臓器を傷つけ皮膚が裂傷し骨が折れる。特に大きなダメージは肝動脈が傷ついたことによる大量出血。横隔膜にも傷がつき呼吸困難に陥る。
(ちっ……しくったな……)
血が止まらず腹部から溢れ出る。最初は激痛で悶えていたがだんだんと感覚が麻痺し、目の前が暗くなってくる。だんだんと思考がまとまらなくなり、考えることすら――
そのとき、声が響いた。小学生の頃の記憶。
『ねえ……私のヒーロー……』
瞬間目が覚める。血液が回る。頭を回って足の先まで全身を巡る。
「なに……!まだ動けたのか!」
男が驚嘆の声を漏らす。
反対に楓の頭は冴えていた。体の血液の動きがわかる。全身を回っている。腹部から
「何だ……?」
楓自信も自信の能力を把握していなかった。しかし、死ぬ寸前の体が火事場の馬鹿力により能力を発動。それに伴い楓も自身の戦闘センスでなんとなく自信の能力を把握し始めていた。
(能力……なるほど。こんな感じか。全員があいつらみたいになるってわけね)
作り出した刀は大きさ90センチほどの鍔の無い太刀のような形をしていた。楓が一気に距離を詰め刀を振りかぶる。男は一瞬動揺したものの、すぐに立て直し楓の移動先に拳銃を向ける。
その弾を楓は自身の血液を凝固させ盾をつくり止める。振りかぶっていた刀を振り下ろし男の肩から袈裟に切りつける。
体育館に金属音が鳴り響く。振り下ろした刀は男の体には届かなかった。
男の肩からは拳銃が突き出しており、それによって刀は止められた。肩と拳銃の合成。楓が刀を出したときから男は袈裟切りを読み、対処していた。
楓が半歩後退する。しかし間に合わず肩の拳銃から放たれた弾丸に脇腹を貫かれる。胃に弾丸が当たり、内容物が体内にぶちまけられる。常人であればここで反撃は終わるはずだった。
「馬鹿な……なぜ動ける……」
楓は止まらない。古の記憶故か現に愛する女のためか理由は定かではない。しかし男は確信した。
(ただの痛み、苦しみごときではこのガキは止まらない!)
神咲楓は止まらない。例え全身に激痛が走ろうと、出血で脳が動かなくとも神咲楓は止まらない!
楓は身をひねり左手側から刀を返す。男の腹部にかすり出血する。男は傷を受けよろける。楓はその隙を見逃さない。楓は脇から刀を上に向け切り上げる。男は左手で防ごうとするが出血でふらついた体では楓の剣速には追いつけない。右脇腹から左肩に向けて大きな切り傷が入る。返す刀で首を狙うがギリギリのところで躱される。
(まだ動けたか……)
男が再度距離を置こうとするも楓はさらに近づく。
(
そのまま男の懐まで潜り込む。そのまま切りつけようとしたとき、男が不意に笑みを見せた。
(なに……!?)
楓は警戒して身を引く。しかしさらに早く男は能力を発動。体中から無数の銃口が飛び出し楓に向かって無数の銃弾が降り注ぐ。
男は備えていた。初めの戦闘で身体能力では敵わないと判断した男は、複数の拳銃を生成、体に合成を始めていた。この戦闘中にほとんど能力を使わなかったのはこちらに意識を割いていたからである。
楓の身体能力を持ってしても全ての弾をかわすのは不可能。体に無数の弾丸が直撃し大量の血が噴き出す。楓は大きなダメージを負う。
男が勝ちを確信する。それを表すかのように確実に仕留めるために歩み寄ってくる。楓の刀が届かないギリギリの距離まで。
楓にとってもこの攻撃は想定外だった。この攻撃は。
男が飛び散った血を踏んだ瞬間、血が固まって棘の形に変形し男の足を貫いた。
「なにぃ……!」
楓の能力は血液操作。その操作範囲は体外にまで及ぶ。しかしその真髄は血液の量の操作。故に失血死することは無く、自信の血液を完全に攻撃に使うことができる。
それに加えその圧倒的な増加速度は凝固させることによって人体を貫く刃となる。
飛び散った血液は一つや二つではない。その全てが男の体を襲う。形成された刃は男の肉を裂き骨を断ち体を切り落とす。
「ぐあああああああああ……!!!」
男の体が地に伏す。それとほぼ同時に楓が立ち上がった。
「はあ……はあ……はあ……」
楓も満身創痍。最後の銃弾だけでも致命傷である。
男は床に寝転がりながら小さな声で語りかけた。
「完全に読み勝ったと思ったんだがな……まさかそこまで読んでいたとは……」
楓は苦しそうにしながら男に近づいた。
「別に読んでたわけじゃ無いさ。ただ備えただけだ。こっちが大技を食らっても大丈夫なようにな」
「なるほど……案外……慎重深いんだな……」
楓はなにかを思い出すように手のひらを見つめ握り締めた。
「俺はこんなとこで死ぬわけにはいかない。まだ、俺の手には何も無いんだ」
なにかを思い返すように。なにかを探し求めるように。
「俺には待ってくれてる人がいるんでね」
最後は彼女の姿を思い浮かべながら。
「そうか……」
男はそういうと眠ってしまった。
大量の傷と血を残し、振り返ることも無く楓はその場を去った。
決意を新たにし、楓は前に進む。
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