第4話 初陣
楓は特にこれといった問題も無くスムーズに目的地に到着した。
「ここか……」
そこはヴェネツィアの町並みには似合わない日本の小学校にありそうな体育館だった。もともと周りの建物も大きめとはいえ色合いと言い形と言い風景の中で完全に浮いていた。
(どうみても体育館、ってことは最初寝てた場所もやっぱ体育館だったのかなあ)
なんてことを考えていると自動的に体育館の扉が開いた。
「入れってことだよなあ……怖……」
楓は警戒しながらもその体育館に入っていった。
中には誰もおらず、体育館特有のにおいが楓の鼻を刺激する。まるで小学校時代に戻ったようだった。楓は小学校時代のことをほとんど覚えていなかったが。
楓はどうしたものかと中を歩いていると更衣室の扉に貼られた張り紙を見つけた。
〈この中に入って待て〉
(なんでいきなり命令口調なんだ……)
なんてことを思いながらも更衣室の中に入ると中にあった小さいテーブルの上に見たことのない木の実がおいてあった。赤色の果肉に紫色の筋が入っており、一目見ただけでただの木の実ではないとわかる、動物を無理矢理丸めたような見た目をしていた。
「悪○の実的なやつか……?」
楓はそうつぶやくも返事は帰ってこず10分ほど部屋の中でどうすべきか悩んでいた。かと思いきや
「よし!」
そう叫ぶと楓はいきなりその実を
味は無い。特に特筆すべき点もない無味無臭。
囓ってはみたものの、特に体に変化はなくまた10分ほど部屋の中にいたが、アナウンスで言っていた能力の試用という部分を思い出しなにかを察して更衣室から出た。
そこには男が立っていた。
男は髪をオールバックにしており、服は革ジャン、顔には羽根のようなタトゥーが入っていた。そしてなにより楓が驚いたのはその男の右手に拳銃が握られていたからである。
「うおぉ……えと……どういう状況なんでしょうか……」
男は相も変わらず無言のまま突っ立っている。楓はどうしたものかと考えているとあのときと同じようなアナウンスが体育館のホールの中に鳴り響いた。
〈これから二人には戦ってもらいます。何も考える必要はありません。相手を人間だと思わず全力で戦ってください〉
前回と同様無機質なアナウンスだった。いきなりのアナウンスに楓は困惑していた。
(何言ってんだこいつ……)
しかし男は特に困惑する様子もなくその手に持っていた銃口を楓の方に向けてきた。
「いやいや嘘でしょ……?なんでそんなすぐ納得してんのよ……」
楓があたふた
「おれぁもともとろくな仕事して無くてなあ・・・命のやりとりなんて日常茶飯事な分け。いちいち
「そんなテンプレみたいな悪いことしてます自慢されても……」
男は裏社会の人間だった。犯罪行為に従事し、収入を得る。いつの時代もゴミは湧く。それを処理するのが男の仕事だった。
楓は男の言葉を反芻させ、一つの結論に辿り着く。
「じゃあお前悪者だな」
そういうと楓は飛び上がっていた。およそ人間の体とは思えない瞬発力と敏捷性で。
「は!?なんだ!?」
男はこんどこそ困惑していた。それもそのはず、今の今までただのガキだと思っていた少年が人間離れした身体能力を見せたのだ。
楓は飛び上がった後、男の真上から踵落とし。男はギリギリで避けとっさに銃口を向けるが、楓はそれを物ともせず右手の甲で裏拳を放ちで拳銃を弾き、左手で男の鼻めがけて拳を打ち込む。
「ちいっっっ!!」
男は思いきり腕を横に払う。しかし楓はすでに距離をとっており、腕が空を切る。
男の鼻からは鼻血がでていた。が、すぐに止まり呼吸に問題がないことを確認する。
楓が放ったのは当てることに特化した打撃。威力を捨て去り速度に全振りすることによって鼻腔を刺激し、動揺を誘うのが目的だった。
(相手は拳銃持ち、あの話し方からして正気じゃない。乱射なんてされるのが一番困る。これで実力差がわかったはず……多少萎縮してくれれば楽なんだが……)
しかし、この男はプロだった。あの話し方からは考えられないほど冷静で今の状況を分析する。今までに戦ったなかには子どもの身でありながら大人顔負けの動きをする者もいた。すぐに事態をうけとめ楓の「当てる打撃」を確認、考察。対策を始める。
楓の思惑は外れ相手により警戒されることになってしまった。
(ミスったな……相手が思ったよりできる人間だったっぽい)
楓は加速しとてつもない速度で距離を詰め、先ほどと同じ「当てる打撃」を放つ。しかし男に当たることはなく掴まれる。その手を軸にして回転。幸い反撃はもらわなかった。
(もう見切ってきたか……やるな……)
男はプロ。故に「当てる打撃」を看破した。そこから見えることもある。
「お前、なにもんだ?」
男が問いかける。「当てる打撃」は一丁一端で習得できるような技術ではない。故に楓の正体を探っていた。
「まさかお前も……」
言いかけたところで距離を詰めた楓の打撃が男の頬をかすめる。
「別にいいだろ。なんでも。かかってこいと言ったのはお前だぞ」
そういうと楓は男に再度向き合った。
「そうだな……」
男もまた楓に向き合う。
男は銃口を楓に向ける。銃口から身を逸らし弾丸を躱す。拳銃対策の基本。銃口と相手の視線を照会して弾道を予測する。本来であれば遮蔽物や
男はバランスを崩し一瞬よろける。その隙に楓は男の腹部に拳を打ち込む。男は腹部に力を入れ加速する前の拳を受け威力を殺し、その拳をつかみ男は反撃を開始する――はずだった。
次の瞬間、男の体は地につき膝立ちの状態になっていた。
「は……?」
そこに楓は打撃を打ち込む。当てるためではない倒すための打撃。
「がっっ……」
男は衝撃で倒れ込む。
決着。勝負の決め手は合気道。楓の腕をつかんだ男の力の向きを下にそらし、相手の体勢を崩す。その程度であれば楓にとって造作もないことだった。
「ふー……」
楓は疲れて後ろに倒れた。学校から帰る途中に化け物に襲われ、倒したと思ったら人形のような少女が現れ、目が覚めたと思ったら全く知らない場所にいた。次の瞬間には殺し合いである。これが一日に起きたことなのだから疲れて当然である。
「さて、もう帰って良いのかな」
そうつぶやいた瞬間、楓は気づいた。先ほど倒したはずの男の気配に。
「なに……!?」
楓は信じられないものを見た。男が先ほどの傷など無かったかのような面持ちで後ろに立っていた。否、驚いたのはそこではない。男の手には拳銃が握られていなかった。正確には手がなかった。手があった部分が拳銃になっていた。
男がゆらりと近づく。
「おはようガキぃ……こっからが本番だぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます