第3話 喜

 楓はいきなりこの場に放り出されてどうしようかと悩んでいた。


(これなにすればいいんだ?てかゲームとか言われてもクリア条件もミッションもなにもない状態じゃあ何も出来んだろ)


 とんだクソゲーだと楓が思っていると向こうから見た事のある人物が走ってきた。


「かーえーでー!!」


「……明か!」


 その男は同じクラスで楓の友達である王前おうまえあきらだった。明はセンター分けで堀が深い皆が認めるイケメンで、サッカー部の主将を務めている。誰にでも明るく接する誰にでも優しい好青年だ。もし楓が学級委員にならなかったら明がなる予定だった。


「お前も来てたのか!」


 楓がうれしそうに叫ぶ。外面では平気そうに振る舞っていたが、何もわからない地で一人ぼっちというのは楓といえど寂しかった。


「そっちこそ!昨日もずっと知り合いが出てこないか見張ってたんだから!」


 明がうれしそうに笑う。


「まて、昨日?昨日は普通に学校だったじゃんか……」


 楓が不思議そうに聞く。それを聞いて明があーと何かを察した様な顔をする。


「いや、実は僕は一昨日の時点でここに来てたんだ。今楓が話していたことが本当なら楓は少なくとも二日以上眠ってたんだよ」


「まじ!?」


 楓は驚く。実際楓の体は二日たったとは思えないほど清潔さを保っており、楓自身もそこまで眠っていた感覚は無かった。


(二日!?まじか……いや今はそんなことより……)


「どこかで夏希見なかったか?」


 明が驚いたように答える。


「夏希が来てるのか!?まだ見てないけど……もしなら探しに行くか?」


「いや、大丈夫。たぶんあいつは来てないんだろう。来る直前に一緒にいたから不安になっただけだ」


 楓は明の反応を見て少し安心していた。どのようにこの場所に来たかは人それぞれっぽいがおそらく来ていないのだろう。そう感じさせるほどの安心感が明にはあった。

 それは明の普段の学校での振る舞いに関係があった。楓は学級委員のためクラスをまとめる際にかなり明に頼っていた。


「そうか。それならいいんだ。もし何かわかったら教えるよ」


「ああ。ありがとう」


 そういうと明と楓はどこへ行くともなく歩き出した。


 ヴェネツィアの通りを二人で歩く。日が照っているが水があるからか案外涼しい。元の世界が冬だったため、心地いい気候に楓は内心少し喜んでいた。こうして歩いているだけでもそれなりの量の人とすれ違う。明の言う通りあの場で寝てた人たち以外にもかなりの量の人がいるようだ。


「俺何すれば良いとかなにもわかんないんだけどそっちはなんかわかった?」


 楓が聞くと明は首を横にふる。


「いや。それは俺にもわからない……なにもわからないのが現状だね」


「そうk――」


 楓が言い終わる前に街に大きいアナウンスが鳴り響いた。

 

〈これより第一ミッションを開始します〉


「第一ミッション?」


「やっとやることが来たか……」


 楓は不安感が湧いてきたのと同時に少し安堵していた。ここで第一ミッションのアナウンスが来たということはこれから人の追加はないということ。つまり夏希が巻き込まれる可能性はなくなった。


 そんなことを考えていると続けてアナウンスがなった。


〈第一ミッションはそれぞれの能力の獲得と試用です。これよりそれぞれ指定した場所に移動していただきます。行き先については端末をご確認ください〉


 無機質なアナウンスの音が立て続けに鳴り響いた。


「端末?」


 楓が疑問に思っていると


「たぶん内ポケットに入ってるよ。僕もそうだった」


 楓が確認すると制服の内ポケットから俗に言うスマートフォン型の端末が出てきた。


「なにこれ重……えーとなになに?」


 楓が端末を確認すると楓の名前と、メッセージの蘭に行き先のメッセージが届いていた。




神咲 楓


《能力》



メッセージ


神咲楓 さんへ


地図に示してある場所へ向かってください。




 メッセージのあとには地図が添えられており行き先への道が示されていた。


「能力の欄はなにも書いてない……明も同じ感じ?」


「ああ、同じだな。僕のとこにも名前と行き先を示した地図があっただけだ」




王前 明


《能力》



メッセージ


王前明 さんへ


地図に示してある場所に向かってください




 楓は明に端末を見せてもらったが楓と同じことしか書いていなかった。


「じゃあとりあえず行ってみないとだねー」


 楓がそう言うと明は少し心配そうにうつむく。


「行き先が完全に逆方向だな……」


 そう言われ楓が端末をよく見るとたしかに楓と明の行き先は正反対だった。


「まあ仕方ないっしょ。一人は怖いけど」


「うん……そうだね」


 明がつぶやくように言うとそれを見た楓は


「大丈夫!なんとかなるって!帰ってきたらまた合流しようぜ!」


 と言って笑って見せた。半分空元気だったがこれからのことを考えるとここでネガティブになるのはまずいと判断した。


「そうか……うん!そうだね!じゃあまたこの場所で落ち合おう」


 そう言うと明は歩き出した。


「じゃあね」


 楓も同じように歩き出す。


 明が歩き出す直前、楓は明の顔を見ていた。不安に思っていそうならさらに励ます必要があると考えたからだ。しかしその考えは杞憂きゆうに終わった。


 その時の明の顔は少し、嬉しそうに見えた。

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