【短編】君はスーパーガール 〜捨てられた私は誰かの特別になれるの〜

もちづき 裕

第1話

「先輩、ごめんなさい・・まさかこんなことになるだなんて・・」

「ごめんなフローチェ、俺は、遂に真実の愛を見つけてしまったんだよ」


 職場の送別会の後、一ヶ月後には結婚をする予定のダミアンの部屋に私が向かうと、そこには職場の後輩であるマリータが一糸纏わぬ状態でベッドインしていた。


 結婚するなら仕事を辞めて欲しいと言われた私は、今日、仕事の最後日だったため、送別会を開いてもらったのだ。その送別会にはマリータも参加していたはずなのに、何故、マリータがここに居るのだろうか?


 用事があるから先に帰ると言っていたかしら?仲が良いとは言えない後輩だったけれど、確かに、ほんの1時間前には、

「先輩!幸せになってくださいね!応援しています!」

と言っていたはずなのだ。


「フローチェ、俺、やっぱり可愛い子が好きなんだわ」

 ダミアンは全く悪びれる様子もなく、ベッドの上でマリータを抱きしめると言い出した。


「お前って何ていうの?お母さんっていうの?洗濯とかさぁ、料理とかさぁ、何でもしてくれるのは良いんだけど、もはや親族のようにしか思えないわけ。そんなお前と結婚して俺、男としての機能が発揮できるか正直に言って自信ねえのよ」


「ちょっと、ダミアンさん!先輩をオカン発言酷くな〜い?」

「いいんだよ、もう別れるんだからさ」

「ちょっと!ダミアンさん!酷すぎな〜い?」


 ダミアンの腕の中でマリータは嘲笑うようにして私を見た。



       ◇◇◇



 その後、いつの間にか家には帰り着いていたわけで、三日後には引っ越しが出来るように荷物がまとめられているから私の家はガランとしているような状態だった。


 この部屋は大家さんがサービス価格で貸し出してくれた物であり、私が出た後は娘さん夫婦が引っ越してくる予定。だからこそ、引っ越しまでの期間を延ばしてもらうことは絶対に出来ない。


 職なし、三日後には家もなくなって路頭に迷うことが決定した私は、家から三軒隣にある飲み屋へと逃避行することに決めた。ちなみに、私は飲み屋に移動した時点で、ぼろぼろの花束を持参していたのだという。


 涙でグジョグジョになった私の顔はベトベトドロドロ状態で、そこにきて片手に握りしめた、何かに叩きつけたような有様の花束が全てを如実に語っているようで、

「・・・・」

 マスターも飲みに来ていた客も、そっと顔を私から逸らしていたらしい。そんな様子にも気が付かずにカウンター席に腰をかけた私は足元に花束を放り投げてお酒を注文したら、


「ねえ、君、その化粧、そのままだと明日には顔が大変なことになるから、落としたほうが良いと思うよ?」


 隣の席に座っていた客がかなりの猛者だったみたい。マスターに頼んで蒸しタオルを用意してもらって、私の化粧を落とし始めたのよ。


「私なんて化粧を落とす価値もない女なんれす。なんれも私なんて、おかんと言われるほど尽くして尽くして、尽くし続ける女なのれす、おかんなのれす。そんな女に哀れみはいらねえのれす」


 送別会でも無料酒が飲めるということで飲みまくっていた私は、更に酒を煽るように飲むことで再起不能な程にヘベレケ状態となっていた。


「わかってるんす・・わかっているんれす・・尽くしたところで碌なことにならないってことはわかっているんれす・・でもやってしまうんれす。掃除洗濯食事の世話からアイロンがけまでやってしまうのれす・・女としての魅力ゼロの私は結局のところ家政婦扱い、おかん扱いで終わるのれす」


「いや、女性としてプロ並みに家事が出来るのならそれだけで僕なんか尊敬できるし、君はきちんと女性として魅力があると思うけど」


「ありがとうございます、だけど慰めはいらねえれす。結婚までは手を出したくないと言われるのはいつものことれす。飽きるまで家政婦として尽くすのもいつものことれす。これはもう、今後は住み込みの家政婦として生きていった方がいいのかな・・」


 女の給料で治安も良し、間取りも良しなんていう物件を格安で借りるのは無理。今の家は死んだ両親と大家さんが親友同士だったという理由があって借りられたものだもの。


「私、料理もうまいし、洗濯もうまいし、アイロン掛けもプロ並みだし、掃除もプロ級だと自負してるれす。こんな私を雇ってくれる人がいるのなら・・」


 金持ちの老夫婦とか、金持ちの老婦人とか、ティルブルクの街で住み込みの家政婦を募集していないかなぁ・・



       ◇◇◇



「寝ちゃいましたね」

 酒と偽って水を渡し続けていた店主は、大きなため息を吐き出した。

「お客さん、すみません。ご迷惑をおかけしました」

 飲み屋の店主は店に入るなり、絡むようにして僕に話しかけてきた女性客について謝って来たのだった。


 何でもこの近くに住んでいる女性であり、近々国境警備隊の兵士と結婚する予定でいたらしい。その兵士はダミアン・アッペルという赤毛で顔が良い奴なんだそうで、今まで色々な女に手を出していたというのに、ようやっとフローチェ、横で酔い潰れた女性と付き合い出して落ち着いたように見えていた。だがしかし、いつの間にかまた派手な顔立ちの若い女と外を出歩くようになったのだとか。


「いやいや、国境警備の兵士が元でこうなっているんだから、僕の責任でもあるだろう」


 僕はバルトルト・ハールマン。最近、隣国との衝突が増えて来ているという事で王都から派遣された司令部の将校でもある。赤毛のなんたらは知らないが、そいつの所為でうら若き女性が手酷く捨てられて、現在、路頭に迷おうとしているという。


「それじゃあ、彼女の分も含めて会計を置いていくから」

 僕はカウンターに紙幣を数枚置くと、彼女を抱き上げる。店主は驚いたように僕を見上げたのだが、苦笑を浮かべて瞳を足下へと移動させた。


 フローチェ・キストを自分の家に運んだのは、彼女の家を知らなかったから。目が覚めたら彼女が誇りとしている家事技術を披露してもらって、場合によっては住み込みの家政婦として雇おうかとも考えた。


 酔って酩酊状態の女性に手を出そうなどという思惑で連れ込んだわけでは決してないはずなのだが、途中で目を覚ました彼女の自尊心を打ち砕かれた姿を見て、居ても立っても居られなくなってしまったのだ。


 彼女の体は全てが無垢で、今まで彼女に関わっていた男たちの目が節穴だったことに神に祈るようにして僕は感謝した。滴るような罪悪感も最初のうちだけで、滑らかな肌の感触に夢中となっていく。今は君に僕に対しての愛はないかもしれないけれど、僕の心は狂わされ、次第に彼女に支配されていくような感覚を覚えたんだ。



       ◇◇◇



「お前さ、ハールマン司令官が電撃結婚をしたって話聞いたか?」

「はあ?司令官?そういえば最近、人事異動でたんだっけ?」


「そうそう、隣国ザイストの動きが怪しいっていうんで、王都から肝煎りで派遣されて来たんだけど、その優秀な人がティルブルクの街で運命の女を見つけたとか何とかで、出会ってひと月で結婚。ちょうど、ポープロ教会で結婚式の枠が一つ空いていたからそこに滑り込んで結婚したっていうんだよ!」


 同僚の話を聞きながら、その空いていた枠は自分が押さえていたものだろうとダミアンは考えた。花の妖精のようなフローチェと交際することになった、その日のうちに押さえた教会で、ダミアンは確かにフローチェと本気で結婚をするつもりでいたのだ。


「うちの街でお偉いさんが結婚の儀を行える教会なんてポープロ教会しかないと思うんだが、いつも予約でいっぱいで一年待ちは当たり前だろ?だというのに滑り込み婚、そういえばお前もポープロで式を挙げるとか言ってなかった?」


「俺はまだ結婚とか考えられないよ・・」

「そうだよな!お前みたいな色男はもっと遊んだ後じゃないと落ち着けないよな!」


 同僚はダミアンの肩を叩くと、職務へと戻っていく。その後ろ姿を見ながらダミアンは大きなため息を吐き出した。


 確かに、ダミアンが落ち着くにはまだ早いかもしれない。世の中には薔薇のような花が沢山咲いているのだから、自分が愛でないでどうするのだと思ったのも間違いない。フローチェは確かに花の妖精のようだが、所詮は野の花に過ぎない。


 そう、俺は雑草を捨てただけの話なんだ。だから、この焦燥感は気の所為以外の何もでもない。何ものでもないはずなんだ。


「あ・・」


 ダミアンは、兵舎の入り口に立つ女性が、自分がこっぴどく振ったフローチェであることに気がついた。彼女は若草色のデイドレスに身を包んで見違えるように美しくなっている。その姿を見て、ダミアンは彼女がわざわざめかしこんで職場まで来たのは自分に復縁を申し込むためだと考えた。


 今まで感じたことのないほどの色香が滲み出すフローチェは女性として開花しているようにダミアンには見えた。今まで雑草相手には食指が動かなかったが、今ならお遊び程度に相手をしてやっても・・


「君、どいてくれないか」

 後ろから声をかけられ振り返ると、若くして国境警備の司令官に任命されたバルトルト・ハールマンが二人の曹長を連れて立っていた。

「も・・申し訳ありません」


 ダミアンが飛び退くようにして端に寄ると、颯爽と前を通り過ぎた一人の曹長が、

「奥様!結婚式ぶりですね!」

と、声をあげている。


「フローチェ、わざわざ書類を君が持って来ることもなかったのに」

「それは司令官に会いたくてではないですか?」

「新婚さんはこれだから!お熱いですな〜!」


 仲良さそうに見つめ合う新婚の夫婦の姿を見て、ダミアンは思わずその場にへたり込みそうになってしまった。フローチェが結婚、それも司令官と?



 フローチェから書類を受け取ったバルトルトは、彼女が後に居るダミアン・アッペルの存在を全く無視していることに苦笑を浮かべた。


 愛おしい妻が前の恋人のことをいまだに引きずっているのだとしたら、密かに抹殺してやろうと考えていたのだが、とりあえず彼は命拾いをしたということになるだろう。

 彼女はバルトルトにとってのスーパーガール。彼女がいなければ到底、生きていくことなど出来ないのだから、彼女に支配されていると言っても過言ではないのかもしれない。


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