第193話 新たな一歩
黄昏時、空はスピカの髪とよく似た茜色に染まっていた。
セントラル魔法科学研究院は、明日から後期授業が始まる。スピカとウェズン以外の仲間たちは今日の解散後、そのまま学校の寮へ向かうつもりのようだ。
「……それじゃ、またね。スピカ、ウェズンさん」
「いやー、楽しかった! スピカはまたな! ウェズンさんは早く元気になって!」
「ウェズンさん、復帰を待ってますから。スピカ・コン・トレイル、あなたはしっかり腕を磨いておきなさい。いつかまた手合わせをしましょうよ?」
女性陣は1人ひとり、スピカとウェズンと言葉を交わしていく。男性陣は別れ際となると急に照れくさくなったのか、簡単な挨拶だけをした後、ホームをぶらぶらと歩いていた。
城下町の駅で別れを交わす魔法使い見習いたち。「さようなら」ではなく、また次に出会う日までの一時の別れとして――。
セントラルと酒場「幸福の花」は、ここからでは真逆の方向となる。そして、ウェズンが療養している施設はそのまま歩いていける距離なのだ。
2両編成の路面電車がホームへ入ってくる。疎らに乗客が降りたあと、アトリア、ベラトリクス、シャウラ、ゼフィラ、アルヘナはそこへ乗り込んでいく。
スピカは電車が見えなくなるまでずっと笑顔で見送っていた。その隣りには、スピカの晴れ渡った感じとはまた違った――、優しい笑顔のウェズンが立っている。
「ウェズンさんは――、ここから歩いて病院へ戻られるんですよね?」
「ええ、今日は本当に楽しかったわ。ありがとう、スピカさん」
「みんなが誘ってくれたからです! お礼はみんなに言ってください!」
「ううん――、もちろんみんなもだけど……、私はあなたにお礼が言いたいの。スピカさん」
スピカを真っ直ぐに見つめ、改まったように頭を下げるウェズン。そしてもう一度、「ありがとう」と告げた。
彼女はなにに対してのお礼なのか口にしない。そして、スピカもあえてそれを尋ねたりはしない。
ウェズンはなにかを知っているのか? 知っているのならそれはどこまで?
スピカの脳裏にいくつかの疑問が過る。それでも――、彼女はなにも口にせず、笑顔でウェズンにも別れを告げるのだった。
「また会いましょう、ウェズンさん!」
「ええ、スピカさん。またね」
◇◇◇
空は燃え尽きるように徐々に暗さを増していた。城下町から続く細い道をひとり歩くウェズン。彼女の後ろには2人――、大きな体躯をした男が歩いている。
「――わがままを言ってごめんなさい。でも、今日は本当にありがとうございました。しばらくは病院で大人しくしていますわね」
ウェズンは振り返らずに後ろの男たちに話しかけたようだ。
「我が主、グロイツェル様が許可したことだ。我々は命令に従ったまで」
男のひとりがそう答えた。彼らはウェズン護衛のためグロイツェルが派遣した剣士のようだ。
今日の外出もどうやら彼が認めたことで実現したらしい。
◇◇◇
城下町の駅で、スピカとウェズンの別れを遠目で見守るひとりの女性がいた。剣士カレン・リオンハートだ。
彼女はウェズンの後ろを絶妙な距離間で尾行している男2名の姿を確認すると、ひとつ息を吐き出して、その視線をスピカの方へと向けた。
「案外優しいところもあるじゃないか……。石頭のグロイツェルのわりにはねぇ」
◇◇◇
日が完全に暮れた頃、スピカは酒場へと帰って来た。真っ直ぐに離れへ向かおうとしたところで手に持っている「星のトリート」に気が付く。
「ラナさんただいまです! お土産を買って来ましたよ!」
大きな声で帰宅を告げるスピカ。ラナンキュラスもそれを笑顔で迎え入れる。
「おかえりなさい、コンちゃん」
スピカは嬉しそうに星のトリートをラナンキュラスに渡した。そして、今日のできごとを謎の形容詞を織り交ぜて語り出す。
ラナンキュラスはそれをころころと表情を変えながら楽しそうに聞いていた。歳の少し離れた姉妹のようにふたりは明るく言葉を交わす。
「そういえばコンちゃんは……、本当に離れでいいの?」
「大丈夫です! 秘密の隠れ家みたいで楽しいですから!」
スガワラが離れに住んでいたのは、一応彼が「男性」という理由もあった。ゆえにスピカの場合は、彼女さえ良ければ酒場で一緒に暮らしてもかまわないのだ。
「スガさんのギルド、明日から始動なんですよ。スピカさんへの依頼も舞い込むかもしれませんね? 一緒にがんばりましょう」
「はい! スガワワユタタさんと一緒にあたしもがんばります!」
セントラルの学生たちも明日から後期が始まる。彼女の仲間たちは、スピカとウェズンのいない新たな学校生活をスタートしていくのだ。
そして――、スピカもまたギルド「幸福の花」の一員として新たなスタートを切っていく。
その表情に一切の迷いはない。
名が示す輝く星のような眩しい笑顔で、スピカは新しい日常を心待ちにするのだった。
―― see you next story ――
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