第192話 第2次

 「星と月のトリート」。


 星形をしたサクサク食感の甘いクッキーと、三日月型をしたカリカリ食感の塩気のあるクラッカーである。お手頃な価格で老若男女問わず人気のあるこのお菓子。城下町の中でもこれの専門店はとても有名で、いつ行っても行列ができている。


 面倒なことは自分が引き受ける、と言わんばかりにサイサリーは全員から種類と希望と数を聞き取り列に並ぶ。さすがに8人分となるので、ついでとばかりに彼はベラトリクスを引っ張っていくのだった。



「ありがとう。サイサリーくん、それにくんも」



 皆で言葉を交わしている間にいつしかウェズンまでもがベラトリクスを「ニワトリクス」と呼ぶようになっていた。

 こう呼ばれるといつも噛みつくベラトリクスだが、どうにもウェズンには苦手意識があるようで、小声でなにかぶつぶつと言いながら行列の最後尾に並ぶのだった。




「オラ! 買って来てやったぜ! 『月』は全部オレが持ってる。『星』はサイサリーだ」


 そう言ってベラトリクスはとりあえず自分の分の「月」を先に確保するのだった。



「スピカは――、『星』を2袋だったかな? 1つはお土産かい?」


「はい! ラナさんに『星』を買って帰ると約束したんです!」


 スピカは嬉しそうに「星」の袋を2つ抱きしめる。サイサリーも自分の「星」だけ除けているようだ。



「……私は『月』。ありがと、ニワトリクス」


「オレもツキツキ、『月』ですよっと」


「この『月』は僕の分ですね? ありがとう、ベラトリクス・ヌーエン」


 「月」のトリートを手に取ったのは、アトリア、ゼフィラ、アルヘナ。それにベラトリクスを加えての4人。



「『星』の甘さがちょうどいいのよね。ありがとう、サイサリー」


「紅茶ともよく合うもの。私もずっと『星』ばかり食べてるわ」


 一方で、「星」を選んだのは、スピカ、サイサリー、シャウラとウェズンの4人だった。



「……スピカは甘い方が好きなのね?」


 アトリアはスピカが袋を2つ、大事そうに抱えているのを見てぽつりと呟く。


「ええっと、よくわかりません! 実はこれ、食べたことがないんです! なので、ラナさんと一緒のにしました!」


「『星』が正解よ? お菓子なんだから甘い方がいいに決まってるじゃない?」


 シャウラが話に割って入る。その言い方は、塩味の効いた「月」がお菓子ではないと言わんばかりだ。


「いやいや、シャウラさ。思いっきり体を動かして汗をかいたら塩分がほしくなるだろ? 小腹が空いたら『月』がいいんだって!」


 ゼフィラはなぜか今から運動でも始めるかのように屈伸をしながらそう言った。


「疲労回復にはむしろ糖分だろう、ゼフィラ? シャウラの意見に僕は賛成だな」


 サイサリーは「星」の印が付いた袋を2つ手に持った状態で意見を返す。


「なんだ、サイサリー? お前の口はお子様か? オレらくらいの歳になったら『月』のがうまいに決まってるじゃねぇか?」


 サイサリーを小馬鹿にするようにベラトリクスは、大袈裟な仕草を交えてそう言い放った。


「そうかしら? 私は『星』の方がずっとずっとおいしいと思うの」


 ベラトリクスに反論するかのように、ウェズンは声こそ大きくないが、はっきりとした口調でそう言い切る。



 「星と月のトリート」、その好みを巡って意見が対立する魔法使い見習いたち。それぞれがお菓子にまつわる思い出から持論……、中には根拠があるのかないのか、魔法学っぽい理屈まで付けて議論を交わしていた。


 しかし、白熱する議論の最中、サイサリーは仲間の顔を見渡しながら声を上げる。



「『星』が1袋余ってるんだ。誰か自分の分をまだもらってない人いないかな?」



 彼の言葉に反応して挙手したのはアルヘナ。だが、彼はすでに「月」の袋を1つ受け取っている。


「アルヘナくんのだったのか。君もスピカみたいに1つはお土産かい?」


 サイサリーの問い掛けにアルヘナは小さく首を横に振る。



「――いいえ。家ではいつも2種類一緒に食べていましたから」



 彼が自然に発した言葉に、ここにいる一同は皆揃って同じことを思うのだった。



『さすがは、ネロス家……』



 アルヘナの言葉になぜか、「星」と「月」の論戦は冷え込み、なんとか無事に終局を迎えるのだった。

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