第191話 魔法使いの休日
「皆さんごきげんよう。あらあらぁ……、私がひょっとして最後だったのかしら? ごめんなさいね?」
純白の丈の長いワンピースに、鍔の広いこれも真っ白な帽子を被った女性――、姿を現したのはウェズン・アプリコット。
綺麗な白い髪に色白の彼女が白の衣装を纏うと、まさに「白」一色に染められたようだった。
スピカはシリウスによって、ウェズンが自らの意志でエリクシルを服用していたことを知っている。だが、彼女がシリウスと同じく他人を利用したり、なにかしらの悪意をもっているようには思えないでいた。
ゆえに――、ウェズンを笑顔で迎え入れる。
同級生たちはウェズンの休学については理解しているものの、その事情については詳しく知らされていない。ずっと続いていた体調不良を完治させるため、が共通の認識となっている。
彼女と同じくシリウスからエリクシルを譲り受けていたアトリアも、彼とウェズンの関係については知らないのだ。
ブレイヴ・ピラーのカレンやリンカが、間違ってもアトリアの耳にそれを入れないよう注意を払っていたこともある。
一方で、ウェズンはアトリアがエリクシルを服用していたことを知っている。そしてシリウスが退学した理由にも見当がついているはずだ。スピカの退学については――、どうなのかわからない。
ただ、事情は別として「退学」の事実だけは耳に入っているのかもしれない。
ウェズンの姿を見て、同級生たちはまず安堵する。
いつセントラルに復帰するか明言されていない彼女だが、その見た目は決して重症には見えなかったからだ。だが、よくよくその顔を覗いて見ると若干やつれている気配も見受けられた。
「今日は誘ってくれて本当にありがとう。病院での生活は退屈で退屈で――、魔導書を全部丸暗記してしまいそうなの」
セントラルの「寮長」を離れ、魔法学校の競争からも離れた彼女は、まさに普通の「女の子」だった。
◇◇◇
5対3――、割合が多いゆえに見て回るお店は常に女性陣がリードしていた。サイサリーは誰に言われるでもなく買い物の荷物をすすんで持ち、ベラトリクスはそれを「点数稼ぎ」だと罵倒する。すると今度はベラトリクスが女性陣から集中砲火を浴びるのだった。
アルヘナは普段こうした学生同士の平凡なやりとりにあまり縁がなく、終始驚いた表情をしていた。
アクセサリーの並ぶ露店を見て回り、マジック・カフェで休憩をとる。魔法使いらしく魔導書のお店や杖・スティックの専門店にも寄っていく。
彼ら彼女らの共通の話題は、本来なら「魔法」と「学校」になるのだろう。だが、スピカの事情を察してか、セントラルの話にはほとんどふれず、みんな揃ってあまり知らない「プライベート」について語り合っていた。
普段は澄ました雰囲気のシャウラが実は可愛いものに目がなかったり――。
火の魔法を得意とするゼフィラが、意外にも猫舌だったり――。
アルヘナの日常は生活の次元が根本的に異なっていたり――。
サイサリーは姉2人の家族構成ゆえに、女性ものの服を頻繁に着せられていたり――。
ベラトリクスはお店の店員といった相手には礼儀正しい一面を見せたり――、と人数も相まって話題は尽きることがなかった。
――そして、時間はあっという間に過ぎていく。
「あっ! そういえば、ラナさんからおすすめのスポットを聞いていたんです! あたしが案内しますね!」
スピカはひとり小走りに駆けて行き、皆の先頭を進んでいく。――とはいえ、城下町に慣れていない彼女の案内で無事に目的地に辿り着けるのか疑問の余地もあるのだが。
「……『おすすめ』と言ってもみんな知ってると思う。すごく有名だから」
アトリアがそう言って目的の場所を説明する。
「なるほど、ちょうど小腹も空いてきたところだし、いいかもね」
「スピカが迷ってもそこならオレだって知ってるぜ!」
「僕も時々いただくものです。お土産にもいいかもしれませんね」
女性陣は当然とばかりに頷き、男性陣もしっかりそこについては把握しているようだ。
スピカを先頭に一行は10分程度歩き、やがて甘く香ばしい臭いが道の向こうから漂ってくるのに気が付く。
そして、目の前にカラフルなテントが姿を現した。陽も暮れかかっている時間帯だが、その前には数人の行列ができている。
そこは、今やアレクシア王国城下町の名物と言っても過言ではないお菓子、「星と月のトリート」のお店だった。
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