第190話 みんなでお出掛け

「……この日は酒場ここ、お休みなんでしょう? 予定はどう?」


「空いてます! さすがゼフィラ、遠征でのちょっとした会話まで覚えているなんて――」


 昼間の酒場「幸福の花」、スガワラのギルド設立準備もひと段落して、本格始動まで秒読み段階となっていた。

 アトリアは、まさかスピカがラナンキュラスと一緒に暮らしているとは知らず、ずいぶんと驚いていた。もっとも同じ敷地内にいるだけで、住んでいるところは別々なのだが……。



 彼女が今日ここを訪れたのはゼフィラの発案を伝えるため。先日、ふたりの決闘で集まった仲間たちみんなで城下町に遊びにいかないか、とゼフィラが言い出したのだ。


 これはセントラルの授業、「遠征」にて、スピカとゼフィラが話していたこと。残念ながらスピカはセントラルの学生ではなくなってしまったが、この友人関係を続けていきたい、という彼女なりの意思表示なのかもしれない。



 セントラルの長期休暇はあと数日で終わりを迎え、後期授業が始まる予定だ。その前に一度みんなで出かけたいと彼女は思ったようだ。


 予定はスピカに合わせ、酒場が休みの日を選んだ。これまで城下町からずっと離れたところで暮らしていたスピカにとってこれは一大イベントだ。



「あらあら、みんなでお出掛け? とても楽しそうね?」



 ふたりの席にラナンキュラスが紅茶を持ってやってくる。


「ごめんなさい、ラナさん! 気が付かなくて――」


 スピカは慌ててラナンキュラスが運んできたお盆を手に取った。その様子を見つめるアトリア。


『……スピカ、この短い期間にもう自然にと呼んでいる。私も負けていられない』


 謎の闘争心で張り合おうとするアトリア。だが、彼女の口にする「ラナさん」はまだまだぎこちなさが抜けなかった。



「……そう言えば、大事なことを言い忘れてた。ひとり……、にいなかった人も誘っているの」


 アトリアの口にした名前を聞いてスピカは――、ほんの少しの間、呆然とした後に笑顔を浮かべるのだった。



「そういえばふたりとも、城下町へお出掛けするんでしょう? それなら良いことを教えてあげるわね?」


 ラナンキュラスは「もう知っているかもしれないけど――」と笑顔を浮かべながら、ふたりにある場所の説明をする。


 後にこれが、「事件」を引き起こす発端になろうとは……、そのとき誰も思わなかった。



◇◇◇



 城下町の中央市場、アレクシア王国でもっとも活気があり、行き交う人と声に溢れているところだ。


 スピカたちの「お出掛け」の日は幸いにも絶好のお天気。眩しい過ぎるくらいの陽射しに体を動かせば適度に暖かく感じる気温。


 スピカはじっとしていられなかったのか、待ち合わせの駅前広場にずいぶんと早い時間に到着していた。



「……おはよう。スピカって集合にはいつも早く来るのね?」


「おはようございます! そう言うアトリアも早いですね!」



 他の誰より先に到着したスピカとアトリア。さながらセントラル編入式の再演かのようだった。


 スピカは深緑を基調としたカントリー風のワンピースを纏っていた。フリルのついた帽子を被り、いかにも「女の子」といった風だ。

 一方のアトリアは淡い空色のフォーマルなブラウスにグレーのパンツスタイル。普段の彼女の雰囲気も相まって凛々しさを感じさせる。


 アトリアはそれなりに城下へ来ることもあるようだが、スピカはほとんどその経験がない。好奇心を抑えられないようで、周りに見える建物を指差してはアトリアになにかを尋ねていた。


 アトリアは彼女の質問に答えながら、心の中で早く他の誰かが来ないものかと思っていた。決してスピカとの会話が楽しくないわけではないのだが……。


『……スピカの熱量を私ひとりでは処理しきれない。早く誰か、援軍えんぐんは来ないのかしら?』



「おはようございます。おふたりは早いですね?」



 そこに姿を見せたのは、アルヘナ・ネロス。貴族の社交界にでも赴くつもりなのか、仕立ての良さそうな黒基調のスーツにベストを着込んでいる。ただ、よくよく見るとポケットや袖口にわずかながら装飾が施されており、一応はカジュアル仕様なのだろう。


 ほどなくして、シャウラとゼフィラの2人が揃ってやって来た。シャウラはえんじ色のケープドレス姿。顔にはしっかりメイクを施しており、彼女が普段から見た目にも気を使う人間なのが見てとれた。

 一方のゼフィラは半袖に太腿が半分以上露わになったパンツスタイル。服の丈も下腹部をすべて隠すまで届いておらず、彼女の引き締まった褐色の肌がこれでもかと露出していた。


「……ゼフィラ。今日、そんなに気温高くないわよ? その恰好――」


「うん? 動きやすくていいだろ? オレはいっつもこんな感じだぜ」


 無意味に注目を集めそうなゼフィラの姿にため息をつくアトリア。隣りのシャウラはそんな彼女に慣れているのか、特になんとも思っていないようだ。



 続いてサイサリーとベラトリクスもやって来る。彼らは途中で待ち合わせをして一緒に来たようだが、本来ならもっと早く到着していたらしい。


「女性より遅れてくるなんて僕としたことが……。全部、ベラトリクスのせいだからな?」


「さっきからくどくどくどくど……、マジでうっせぇな! 忘れもんくらい誰だってするだろうが!」


 2人の言い争いを聞いておおよその状況を理解する女性陣とアルヘナ。


 ただ、すぐに彼女たちの注目は2人の服装へと向かう。



 まずはサイサリー。全体的にゆとりのあるふわふわとした服装で、薄手のカーディガンを羽織っている。一見するとオシャレに見えるのだが、問題はその色。


 基調となっている色が白と――、ピンクなのだ。


 女性陣の視線が明らかに自分の服の「色」へと向かっていると気付いたサイサリー。彼はひとつ咳ばらいをしてからこう説明し始める。


「その――、姉たちが『これがいい』って。僕のセンスではないから、ははっ……」


 サイサリー・アシオン、彼には2人の姉がいる。その影響で彼は普段から女性にとても優しい紳士的な青年なのだが……、副作用もあるようだ。



「笑えるだろ、サイサリーの恰好よぉ!? 隣りにいるのが恥ずかしくなるくらいだぜ!」



 サイサリーを指して大声で笑うベラトリクス。そんな彼の恰好は――。



「……なにそれ?」

「珍しい服装ですね! チャックがいっぱい付いてますよ! お買い物に便利かもです、さすがの一言です!」

「スピカやめろよ? せっかく笑いを堪えてたのに――、ふっひひっ!」

「恥ずかしいから隣り歩かないでね、よろしく」



 一体どこの文化圏から影響を受けたのか、どう見ても機能性を無視した銀色のチャックがいたるところに取り付けてある真っ黒な服。彼が向きを変えるごとに日光を反射して無駄にチカチカと光を放っている。

 さらにズボンは、落書きでもされたかのように白の塗料の筋が縦横無尽に走っており、さらにさらに……、謎のチェーンがいくつも巻き付いていた。


「ベラトリクス・ヌーエン。個性的な衣装ですね。僕もこうした装飾は初めて目にすしますよ」


 アルヘナは決してバカにするつもりはなく、きっと正直に感想を告げたのだろうが、女性陣にはそれがツボにきて、ついにはスピカ以外が笑い出したのだ。



「ふん! お前らにはわからねぇんだよ、オレ様のセンスが」



 一通り笑い終えたアトリアたちは息を整えてから周囲を見渡す。そして――、もうひとり、約束を交わした人の姿を見つけるのだった。

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