第188話 ぷんすかラナさん?
「ラナの機嫌が悪い……、気がするって?」
スガワラとカレン、ふたりは城下町の喫茶店で向かい合って話をしていた。スガワラがこちらの世界へやって来てからで考えると、カレンとは長い付き合いとなる。
だが、意外にも二人きりで店に入るのはこれが初めて。スガワラはなぜか、普段なら気軽に話せる彼女のはずが、妙な気恥ずかしさに襲われていた。
「まあ、その……、私がそう感じているだけかもしれませんが――」
「あれじゃないのかい? ギルド運営の話とかなんとか……、勝手に決めちゃって怒ってるんじゃ?」
「はい、私もそうではないかと思っているんです。ただ、ギルドマスターを引き受ける話をした際も特に怒っている様子はなく……、どちらかというとその後なんです」
スガワラの表情はいつになく暗い。元々、快活な方かというと疑問符が付くのだが、今はなんというか――、睡眠をまともにとっていないかのような顔になっている。
語られているのは、あくまでもスガワラ主観の話。実際のところ、ラナンキュラスの機嫌が悪いのか、仮にそうであっても原因がスガワラにあるのか、たまたま虫の居所か悪かったりするのか……、ようはなにもわからないのだが――。
「――酒場での会話や仕事の話でもいつもより素っ気ないというか、冷たく感じるんです。目もあまり合わせてくれませんし……」
「くっくっ、スガがこんな相談を私にしてくるなんて笑えるねぇ?」
スガワラも誰かに相談すべきか迷っていた。単に自分の思い過ごしかもしれない。しかし、ラナンキュラスは彼のもっとも近くにいる人間である以上、一度気になったら頭からそれを追いやることができなかったのだ。
彼はただ、安心できる答えを聞きたかっただけなのかもしれない。ラナンキュラスについてもっとも理解しているであろうカレンにそれを求めた。
当のカレンは終始、半笑いで彼の話を聞いている。スガワラは至って真剣のようだが、彼の苦悶を楽しんでいる節すらあった。
「端的に言おうか? 私なら今ラナがなにをどう考えているか大体わかる。そして――、多分、スガに怒ってるねぇ?」
スガワラは両手で頭を抱え、あまりにわかりやすい「苦悶」を浮かべる。カレンはそれを見てまた笑い出す。
彼はきっと「安心」を求めたのだろうが、カレンの解答はより「不安」を募らせるものだった。
「やっぱり私が原因ですか……。ギルドマスターを引き受ける前にもっとしっかり相談しておくべきだったのか、うーん……」
「あのさ、スガ? ギルド運営の件はわかったけどさ、結局ラナに加わってもらうつもりなのかい?」
「いえ、まだ結論を出したわけではありませんが――、ラナさんの力は借りずにやっていこうかと思っています」
その理由をスガワラははっきりと口にしなかった。
だが、「ローゼンバーグ卿」と呼ばれる彼女を再び、世の表舞台に出していいのか? 彼女の動向を気にする他組織との兼ね合いは? などなど……。彼がラナンキュラスを案ずるがゆえに、あえて彼女の力を頼らずにいようとしているのをカレンは感じ取っていた。
――しかし。
「スガはさぁ、ラナが協力してくれた方がギルドの運営うまくいくと思うかい?」
「そっ……、それはもちろん! 仮に『魔法使い』としてでなくとも、ラナさんの手を借りられるならどれほど心強いことか――」
「バカだね? スガは。ほんと大バカ」
「……えっ?」
突然の罵倒に首を捻り、瞬きを繰り返すスガワラ。その顔を見てカレンは大きなため息をつく。
「付き合ってんだろ、お前ら? だったらわかりなよ? ラナはスガに頼ってほしいんだよ? 今さらなに遠慮してんだか」
カレンはこう言いながら内心「この鈍感男には無理か……」と逆に納得もしているようだ。
「あの子はスガの力になりたいんだよ? 別に魔法で街をぶっ飛ばせってお願いするんじゃないんだからさ?」
こう言いつつ、彼女を本気にさせたらそれすらもやりかねないと思うカレン。
スガワラはカレンの話を聞いてなんとかラナンキュラスの心を理解する。そして、今日すぐにでも彼女に協力を頼もうと決めた。
決心の固まった彼の表情は途端に晴れたものへと変貌。それを見てカレンは、今度は安堵のため息をつく。
『まったく……、世話の焼ける男だよ』
◇◇◇
――その日の夜。
酒場の仕事を終え、料理人のブルードは帰宅する。残されたラナンキュラスとスガワラは店の後片付けをしていた。
彼女は今日1日の仕事の中で、事務的な話以外スガワラと言葉を交わしていない。視線もあまり合わせておらず、その微妙な空気はブルードや店のお客までもが察するレベルだった。
「あの、ラナさん! だいじなお話があるのですが――」
唐突に大きめの声で呼びかけられ、きょとんとした表情でようやくしっかりと目を見つめてそれに応えるラナンキュラス。
「……だいじなお話? ボクにですか?」
「はい、単刀直入にお話します! ギルド運営についてですが、ラナさんに力を貸してほしいのです!」
スガワラはそれこそ、交際の申し出をするかのように改まって頭を大きく下げた。
「ふふっ……、『魔法使い』としてのボクへの依頼は、表の看板にあるように――、とーっても高いですよ?」
彼女が本気なのか冗談なのか、酒場の表に出している看板には、「仕事の依頼 ※価格相談100万ゴールド
それを思い出したスガワラは頭をかりかりと掻いて困った顔をする。
「でも……、ただのボクでよければいくらでもお手伝いしますよ?」
ゆっくりとスガワラの元へと歩み寄ったラナンキュラスはその手を優しく彼の肩にのせてそう告げるのだった。
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