第185話 勝者
「――ンだよ、今の? 殺されるかと思ったぜ?」
ベラトリクスは同意を求めるように周囲の仲間たちの表情を窺っていた。
「あの審判の――、魔法使いの方からよね? さっきの気配は……」
シャウラは極度の恐怖を感じたのか、無意識に隣りにいるゼフィラの手を握っていた。
「誰かは知らないけど、きっととても名のある魔法使いの方なんだろうね……。情けないけど、僕は手が震えてるよ」
サイサリーは自身の掌を見つめる。その手は彼の意識には関係なく小刻みに震えていた。
「とっ……、とりあえず、決着は付いたんだよな? アトリアの勝ちだろ、多分?」
ゼフィラもそれなりの恐怖を感じたのか、いつもより上擦った声で状況を確認するのだった。
◇◇◇
「今のは……、ラナさんの、ですか?」
スガワラはカレンに質問を投げかけていた。一流の剣士であるカレンはラナンキュラスから「圧」こそ感じたものの、恐怖に怯えるほどではない。スガワラの質問に平然と答える。
「ああ……。びっくりするほどわかりやすい方法で止めに入ったねぇ? チャトラもかなり熱くなってたみたいだから、かな?」
「戦いは――、アトリアさんの勝ちでしょうか?」
「立ってるチャトラと倒れてるスピカちゃん……。まぁ、そういうことだろうね」
カレンは目を細めて闘技場の様子を見つめている。そして、視線をそのままにスガワラへ問い掛けていた。
「スガさぁ……、ギルド設立の件をシャネイラから聞いたんだけどね、ちょいと私からのお願い聞いてもらえないかねぇ? もっとも、最終判断はこっちで勝手にできないんだけどさ」
スガワラは、機を見て話そうと思っていたことをカレンがすでに知っていて驚いた。だが、彼女の言う「お願い」の想像がつかない様子だ。話の流れからギルド関係の話ではあるのだろうが……。
◇◇◇
「あたしは……、まだ戦えます。負けて…いません」
スピカは俯せに倒れたまま、顔だけを上げその視線を師であるルーナへと向けている。身体のダメージゆえか、疲労が原因なのか、あるいは魔力の枯渇なのか……、彼女はもう立ち上がることすらできないようだ。
「諦めな、スピカ? 誰が見ても決着は付いた。もうこれでおしまいだよ」
ルーナはその大きな体を屈ませて、スピカの顔を覗き込みながらそう告げた。
「ダメなんです……。どんなことがあっても、あたしが退学する理由は……、話せないんです。だから負けちゃダメなんです!」
スピカの言葉を聞いたラナンキュラスとルーナは、その視線をアトリアへと向ける。
「くふくふ……、どうする、アトリアさん? この子は多分、死んでも話してくれそうにないよ?」
「……意味がわからない。なんで、そうまでして――」
アトリアはぼろぼろと涙を零しながらそう言った。彼女の体力もすでに限界だったのか、急に膝から崩れ両手のひらで顔を覆いながら泣き崩れる。
2人の決闘はアトリアの勝利に終わった。だが、スピカの信念は負けても折れず――、彼女の師曰く死んでもそれは変わらない。
いつの間にか、アトリアとスピカの元に同級生たち、審判のアレンビーとパララ、さらにカレンとスガワラ、遅れてマルトーもが集まって来ていた。
「スピカさん、ごめんなさい。でも――、誰がなんと言おうと、あなたが認めなくてもこの勝負、アトリアさんの勝ちよ」
アレンビーは勝敗について改めて口にする。それはきっとここに集まった者たち全員に聞かせる意味合いもあったのだろう。
「負けた……。あたしの負け。でも、あたしは――」
「……もう、いいわよ」
同じことを何度も繰り返し口にしていたスピカ。最後まで聞くまでもないと思ったのか、アトリアは彼女が話している途中に割って入る。
「……もうわかった。どうやってもあなたの意志が折れないこと、よく理解できたわ。もう諦める。こっちもぼろぼろだしね」
アトリアの表情にもう涙はない。なにか吹っ切れたような晴れた表情で彼女はそう口にする。
彼女の言葉を聞くと、同級生たちは互いに顔を見合わせて頷くのだった。彼らは皆揃って理解しているのだ。アトリアの説得で無理なら――、自分たちでは役不足だと。
「……スピカ、もう退学のことは聞かない。あなたの好きにしたらいい。けど、私たちで絶対に後悔させてあげる。セントラルを辞めたことをね?」
「あたしは……、これからだって負けません」
「……今日はあなたの負けよ。この先だって私が勝つ」
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