第184話 幕は下りる

 美し透き通った――、巨大な氷塊はスピカに直撃して砕け散る。アトリアのまさに「肉を切らせて骨を断つ」攻撃にスピカは対処できなかった。


 まったく防御はできず、せいぜい頭を両手で庇う程度。


 両膝を地面に付きふらふらと前に倒れるかと思うと、逆に重心を後ろにして仰向けにスピカは倒れた。



 ――さすがにこれは勝負ありか。



 見ている誰もがそう思った。だが、緩慢な動きながらもスピカは立ち上がる。アトリアは手を伸ばせば彼女に届きそうな距離まで近付いていた。

 アトリアも傷だらけになっており、いつ倒れてもおかしくない状態。だが、両者はここまで傷付いてもまだ闘志が消えていないのだ。


 もはや「魔法使い」ではなく、「武闘家」の間合いまで詰め寄ったアトリア。彼女の姿を、不屈の表情を浮かべたスピカが見つめる。



「……なんて顔してるの」



 アトリアはぽつりと呟く。


 彼女の記憶にあるスピカの表情は、笑っていたり、「バカ」が付くほど真面目さと純粋さを併せもっていたりと……、影をまるで感じない光り輝くものだった。


 だが、今のスピカは真剣な眼差しにほんのわずかだが、後ろめたさのような「影」を感じる。アトリアを倒すこと、あるいはアトリアが負けを認めるのを願っていると思える表情だ。



「あたしは……、まだ負けてませ――っ!!」



 スピカが最後まで言い切る前に、アトリアの木剣による一閃が脇腹に直撃していた。

 再び、膝から崩れ落ちるスピカ。アトリアの一撃も万全の彼女が繰り出すものに比べると、ずっと動きは鈍く、弱弱しいものだった。しかし、今のスピカはそれすら躱す動きがとれないのだ。



「……もう終わり、私の勝ちよ。負けを認めなさい」



「――ません」



 スピカは地面に手を付きよろよろと立ち上がる。いつの間にかスティックを手放しており、もはや魔法使いとして戦うことすらできない状態。



「あたしはまだっ! 負けてない!!」



 満身創痍の彼女の姿に反して、力の込められた叫びにも近い声。アトリアはそれを聞いて表情を歪めながら……、さらなる一撃を繰り出す。


 先ほどとは逆方向から襲いかかる木の刃。手で庇うことすらできずにまともにくらったスピカは三度みたび地面に倒れた。



「負けてない……、あたしはまだ戦える。負けない、負けてない」



 もはやスピカは立ちあがってもこない。ただ、間近にいるアトリアがなんとか聞き取れるくらいの声で何度も、何度も……、「負けていない」と唱えている。

 その目からは涙が零れ、顔はくしゃくしゃになっていた。それでもなお、決して敗北だけは認めない。



「……なんで。なんでなのよっ!? いい加減にして!!」



 倒れたスピカに更なる追撃を加えようと木剣を振り上げるアトリア。だが、彼女の動きはまるで時が止まったかのように、武器を振り上げたままで静止した。



 いや――、この瞬間、本当にここだけの時が止まったかと見紛うほどにアトリアの動き、そして戦いを見守っていた魔法使いたちや審判たち、さらにカレンやスガワラ、マルトーまでも動きを止めていた。


 ただ2人、ラナンキュラスとルーナを除いては……。




 通常、魔法使いは強力な魔法を放つ際もなるべくその魔力を隠そうとする。相手に繰り出す魔法をさとられないようにするためだ。


 しかし、今ここではそれとまったく逆のことが起こっていた。


 恐ろしいほどの魔力が今この瞬間炸裂せんと気配をのぞかせたのだ。その発生源はラナンキュラス。彼女は戦闘を終わらせるため、魔法使いたちにはあまりにわかりやすい「警鐘」を鳴らしてみせたのだ。


 もっともそれのレベルは、対魔法の訓練を受けているカレンはおろか、魔法・魔力に無縁で生きているつもりのスガワラやマルトーもが「恐怖」として感じ取れるほどのもの。


 ルーナを除いた全員が、見えない蛇に睨まれた蛙の如く、動きを止めてしまったのだ。



 そして――、ラナンキュラスとルーナの2人はゆっくりとアトリアとスピカの元へと歩み寄る。


「決着ですね。アトリアさんの勝ちです」

「スピカ……、残念だけど、あんたの負けだよ?」

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