第183話 中級魔法

 着地の衝撃はうまく逃がしたと思ったけど――、咄嗟にやって完璧にできるほど簡単な技ではないみたい。


 身体のどこ――、というより全身に鈍い痛みを感じる。胸が詰まって息が苦しい。平衡感覚にも乱れを感じる。

 幸いというべきなのか、スピカにも私と同じかそれ以上のダメージがあるのだろう。


 お互いに睨み合っているのに微妙に視点がズレている気がする。なんとか深呼吸をして……、もうあと10秒、いえ5秒あれば再び戦う態勢が整うはず……。


 スピカも肩で大きく息をしている。落下もそうだけど、ずっと浮遊した状態からあれほど魔法を叩き込んできたんだ。もう手札はそれほど残されていないはず。



 あと3秒、スピカに動く気配はない。魔法の予兆も感じ取れない。


 ――あと2秒、1秒。


 やれる……、私にはまだ十分余力が残っている。



「……アイシクルランス」



 まずは一発、スピカに向けて真正面から叩き込む!


 さあ、どうでる、スピカ!? 避ける? 防ぐ? 


 スピカが次にどう動こうとも私は対処できると思っていた。けれど――、あの子にはまだ私に見せていない「手札」が残されていたのだ。



 氷槍はスピカのわずかに左を通り抜ける。あの子は動いていない――はず。それなら私が外した?



「トルネードっ!!」



 スピカはあれだけ魔法を使ったにもかかわらず、超速の詠唱で風の中級魔法を使ってきた。でも、私の感覚が間違っていなければその起点は……。


 竜巻はその中心にスピカを隠して発生した。風が襲い来る範囲は私の立ち位置まで届いていない。ここにきて射程と範囲を見誤ったというの?



「……なっ!?」



 スピカの起こした旋風つむじかぜ、こちらまでは届かない、と私の気がわずかに緩んだときだった。まるで見えない手に引っ張られるかのように私は竜巻に引き込まれた。



「……これも魔法っ!? 結界を――」



 予想外の攻撃に、私の守りはほんの少しだけ遅れた。その「一瞬」の判断の誤りが私にとってあまりに大きな痛手となる。


 この「引っ張る力」はスピカが竜巻の中心から発しているのだ。足の踏ん張りでは止めきれない。私が結界を張れるとのは竜巻に呑まれる瞬間だった。



◆◆◆



 ルーナはスピカが使った魔法の正体をすぐに理解した。


「くふくふ……、反重力と重圧、それ以外も使えるようになっていたとは。私の想像以上だねえ、スピカ」


 スピカの使った魔法は重力魔法の一種。自身が定めた一定距離の「点」に物体を引き付ける魔法。それは超小規模のブラックホールをつくりだすようなもの。


 あくまでも「魔法」によるものゆえに、魔法結界での対処は可能。しかし、アトリアにとってこれはまったくの想定外。そのため、防御が遅れてしまったのだ。



◇◇◇




「「「「アトリアっ!!」」」」



 シャウラ、ゼフィラ、ベラトリクス、サイサリーの同級生4人組は示し合わせたように同じタイミングで彼女の名を叫んだ。


 遠くで見守っている彼らにはアトリアの身になにが起こったのかわからない。ただ、スピカの放った風の中級魔法「トルネード」に引っ張られるかのごとく、突っ込んでしまったのだ。



 アトリアは……、暴風の中で無数の風刃に切り刻まれていた。セントラル支給の対魔法用の加工を施したローブを着ていなければ、体がズタズタに引き裂かれていたかもしれない。



 ただ、「対魔法用」とはいえ決してそれは鉄壁の鎧ではない。



 竜巻の勢いが弱まったとき、全身に切り傷を受け、辺りに髪を散らすアトリアが姿を現した。

 誰が見てもわかる――、あまりにわかりやすい彼女の姿から伝わってくるダメージ。アトリアを応援していた仲間たちは一様にその表情を歪めた。


 それは、審判として立っていた4人の魔法使いにも共通していた。しかし、彼女たちはより近い距離にいたがゆえか、それともより優れた魔法使いがゆえなのか……、アトリアのダメージの違和感に気が付く。


 完全に防ぎきれるかは別として――、結界の展開はギリギリ間に合うタイミングだったはず。――にもかかわらず、アトリアは魔法結界の防御なしにまともにトルネードをくらっていたのだ。



 そう――、彼女は結界を張れると「思った」。しかし、実際にそれを張ってはいなかったのだ。



「……痛いわね。でも――」



 スピカの魔法により、彼女の元へ引き付けられたアトリア。ゆえに今、アトリアとスピカは至近距離に立っているのだ。



「……だって、痛いわよ!」



 アトリアがそう叫んだ瞬間、スピカの頭上に巨大な氷塊が現れる。氷の中級魔法「グレイシャー」を放ったのだ。彼女が結界を張らなかったのは、攻撃に全魔力を集中させるため。



『……上級までは間に合わなかったけど、この距離なら躱せないでしょう!?』

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