第180話 空中

 スピカはアトリアから十分間合いをとった位置にゆっくりと着地する。今の攻防は互いに無傷――、だが数発のエアロカッター、滑空から重力圧、浮遊と多彩な魔法を展開したスピカの魔力消費はそれなりに大きい。


 しかし、それはアトリアにも同じことが言えた。


 スピカの重力領域を魔空結界にて突破。手数としては少ないが、「消耗」の意味ではスピカと遜色ない。あるいはアトリアの方が大きい可能性すらあり得た。


 スピカは重力魔法を使った戦術を――、対するアトリアは魔空結界を使った対処を披露して見せた。お互いの手の内を明かし、戦局は次の段階へと移行する。



 呼吸を整えたアトリアは再び、スピカの元へ歩み寄っていく。一方のスピカは射程からはまだずいぶんと距離があるところで宙に舞い上がり、アトリアをその目で追っていた。


 至近距離の戦いではアトリアに分がある。


 見つめる同級生たちは揃ってそう考えていた。木剣の一撃すら有効とみなされる今回のルールでは尚更だ。スピカもアトリアの剣術を理解している。

 元は重力魔法の圏内に入れば勝てると思っていたのかもしれない。ところがアトリアは、圧し潰されることもなくそこを突破してきたのだ。


 それゆえ――、スピカの姿勢が守りに傾くのも当然といえた。




「あの『浮かんでる状態』――、どの程度魔力を消費してるんだろう?」


 ゼフィラは視線を斜め上に向けてそう言った。「特異魔法」の魔力消費は、標準魔法のそれとは異なるとされている。ゆえにスピカの浮遊が、彼女の負担として大きいのかどうかがわからないのだ。


「よくわからないけど、いつまでも飛んでられるわけじゃないでしょう? ずっとお空でいられるなら接近戦なんてあったものじゃないからね?」


 ゼフィラの質問に答えながらシャウラも考えていた。アトリアと同じ「氷」の使い手として、もし自分なら浮かんでいる相手とどう戦うか?



◇◇◇



「トルネードっ!!」



 スピカは空中で十分な詠唱時間を使い、風の中級魔法を繰り出す。


 しかし、アトリアは竜巻の発生源を予め知っていたかのように高速で移動する。遅れて、元々彼女が立っていた場所に巨大な風の渦が発生するのだった。



◇◇◇



「ふん、なるほど。は張ってるわけか、考えたわね」


「ミストってあれか? 『スプレッドミスト』……、煙幕みたいなやつだろ?」


 シャウラの独り言にベラトリクスが反応する。サイサリーは状況を先に理解したのか、「さすがアトリア、賢いね」と呟いた。たしかによくよく目を凝らして見るとアトリアの周囲は霞がかってみえた。


「ええ、霧の幕を張るスプレッドミスト。あれを使うと微妙な気流の動きを察知できるのよ。スピカの武器は、風と重力――、いずれに対しても、ほんのわずかだろうけど先読みができるってわけ」


「予兆や気配に敏感なアトリアらしい戦い方だなー。問題はどう攻撃を仕掛けるかだけどさ? ホント、いつまで浮いていられるんだろう?」



◇◇◇



 アトリアは時間差で2発、アイシクルランスを頭上のスピカに向けて飛ばす。しかし、いずれの氷槍もスピカは空中でわずかに移動して回避するのだった。


『……あの位置だと接近はできない。――とはいえ、ああも自在に動けるとなると狙いを付けるのもむずかしい』


 射程の見切りを得意としているアトリアだが、上下の距離感は微妙に彼女の感覚を狂わせていた。

 十分な距離があれば、スピカは空中を舞って簡単に攻撃を躱してしまう。


『……スピカの消耗を待つ? いつまでもにいられるわけじゃないでしょう。いや――』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る