第178話 あの頃

「スピカは――、つえぇよな……、マジで」


 アトリアの背中を見つめながら、誰に問うでもなくベラトリクスは呟く。


「そうね……。編入当初ならいざ知らず、バトルロイヤルの時は本当に驚かされたわ」


「アトリアの腕は誰もが認めるもの。それを理解した上でなお……、スピカは手強いよ。詠唱速度から風の扱いまで一級品。さらに重力魔法まで備えている」


「見てるこっちが緊張してくるなー。頼むぜ、アトリア! 今日ばっかりはスピカをボコボコにしたって許してやるからさ!」


「期待してますよ……、アトリア・チャトラーレ」



 同級生の誰もがアトリアの能力を認めつつ、同時にスピカの驚異的な成長力を目の当たりにしているのだ。皆一様にスピカを仲間と思っているからこそ、アトリアの勝利を願っている。


 しかし、今のスピカに本当に勝てるのか、と同時に疑問も投げ掛けているのだ。



 試合開始の合図と同時にアトリアはゆっくりとスピカへ向けて歩を進める。剣術を習う彼女ならではのブレを一切感じない無駄のない動き。その「静」的な歩行には、瞬時に爆発的な出力を生み出す「勢」が込められていた。


 スピカもアトリアを視界に捉えながら小走りに動き、常にアトリアと一定の距離を維持している。

 動きの先読み、予兆の察知――、いずれもアトリアが得意としていることを理解している。それゆえ簡単には仕掛けない。彼女が「静」から「動」に転じる速さをスピカはきっと誰よりも理解しているのだ。



◆◆◆



 スピカの動きは面で追ってはいけない。ユピトール卿が仰っていたように反重力も扱えるのなら上から仕掛けてくるかもしれない。


 出会った当初は競い合うレベルの子とすら思っていなかった。けど、今となっては同級生でウェズンさんに次ぐ成績を残している。今はと比較にならないほど強い。


 だから――、私だって一切手を抜かない。


 討ち取るべき「敵」として、スピカを全力で倒しにいく!



 私は次の一歩で――、思い切り踏み込んで地面を蹴り、スピカとの距離を一気に詰めた。お互い魔法射程に入ったことでスピカはすぐさま、迎撃の魔法を放ってくる。


 エアロカッターが2発……、一発は真正面からこちらに向かってくる。もう1つは時間差で左へ、私が避ける方向を見越しての牽制?


 風刃の範囲を正確に予測する。不用意には動かない。掠るくらいならかまわない。最小・最低限の動きで直撃を避け、次の一手に備える。



「……っ!!」


 

 一発目は当たらなかった。だけど、時間差で放たれた左へ逸れた風は、軌道を変えてこちらに向かってきた。


 いつかのウェズンさんみたい。まったく器用なことをしてくれる!


 右に大きく跳んでこれをなんとか躱す。ただ、それを待っていたように着地点を狙って次の刃が飛んでくる!


 跳ぶ! 跳ぶっ! 跳ぶ!! 


 着地の反動をそのままに跳んで跳んで――、距離を取りながらスピカの猛攻を躱し続ける。この攻撃からわかる。あの子は出し惜しみなんてするつもりはない。最初からきているんだ!


 跳躍を繰り返してなんとか一旦距離をとった。けど、次の瞬間スピカは地面と平行に飛んで真っ直ぐこちらに向かってきた。


 ――これが滑空っ? なんて動きをするの!?


 近付いてきたスピカと一瞬、視線が交差した。なんて目付をしているの? 普段、私に向ける表情とはまるで違う。明らかにこちらを「敵」と見なしている顔。



 そう――、やっぱりあなたも「本気」なのね。



 スピカから異様な魔力の気配を察知する。それが重力魔法と気付いたとき、私を覆う空気がまるで粘度の高い液体に変わったかのような重みを感じた。


「……つっ!!」


「アトリア――、このまま潰します!」


 スピカの魔力が増していく。このまま決着を付けるつもり?



「……見くびらないで」

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