◇ 間奏18 後

「――スピカちゃんを守れだって……?」


 シャネイラがカレンに下した命令。それはスピカ・コン・トレイルの護衛だった。しかし、カレンにはなぜスピカに護衛を付ける必要があるのかがわからない。


「セントラルで、シリウス、ウェズン、ポラリスと同じタイミングで自主退学を申し出た者がいます。それはスピカ・コン・トレイル」


 カレンはスピカが魔法学校を退学していたことに驚いた。しかし、それでもまだ「護衛」の意味はわからないでいる。


 シャネイラは白紙を1枚準備し、そこに今名前の上がったセントラルの学生の名前を書き連ねていく。


「私たちがセントラルを訪れた日、シリウス・ファリドとスピカ・コン・トレイルが演習場で戦っている姿が目撃されています」


 白紙にある「シリウス」、「スピカ」の名前を指しながらシャネイラはゆっくりと語る。カレンの疑問の表情はまだ変わらずだった。隣りのグロイツェルはただただ無言で、シャネイラの指し示す先を目で追っていた。



「彼女のことをそれほどよく知っているわけではありませんが――、このタイミングで『自主退学』とは穏やかではありません」



 シャネイラはスピカの退学に対して、1つ仮説を唱えた。


「スピカ・コン・トレイルが退学に至った理由を――、私はある者との交換条件だと考えています。『ある者』が誰なのかはまだ調査段階ですが……、おそらくセントラルでかなりの権威をもった人間」


 シャネイラの話はこうだった。


 まずシリウス・ファリドはエリクシル改良のある種の「実験場」としてセントラルを利用していた。しかし、これが彼の供述通り「一個人の好奇心」とは到底思えない。裏側にはサーペントの存在があり、学校関係者にもそれを黙認――、あるいは支援していた人間がいると考えられる。


 アトリアとルームメイトだったスピカは、彼女の異変に気付いていた可能性がある。ブレイヴ・ピラーの調査などとはまったく無関係に、エリクシルの存在とシリウスの関与に辿り着いていたかもしれないのだ。


 ブレイヴ・ピラーが泳がせていたにもかかわらず、シリウスが自ら衛兵の元へ出頭したのはスピカに気付かれたからではないだろうか?

 学校で2人が交戦していたのは、このあたりの話がもつれたからではないかと考えられる。


 では、なぜスピカは自ら退学を申し出たのか?


 シリウスの出頭はおそらく、学校に潜む「黒幕」からの指示。だが、その黒幕にとってエリクシルの情報を掴んでいるスピカは非常に邪魔な存在のはず。黒幕が学校関係者なら、自分の正体が明るみになる前に彼女を学校から排除したがるだろう。


 ただ、強制的に退学などしようものならスピカがなにを洩らすかわからない。彼女の口を確実に封じつつ、学校から消えてもらう方法。それは――。



「――チャトラか」



 カレンは頭の中でパズルのピースが合わさっていく感覚でいた。シャネイラは白紙の空きに「アトリア・チャトラーレ」と書き加える。


「アトリアは――、エリクシル服用が明るみになってしまえば退学。最悪、魔法使いとしての将来が絶たれるおそれすらあります。シリウスはもちろんのこと、彼の黒幕も彼女について知っていたでしょう」


 アトリアのエリクシル服用。ひょっとしたら、ここにウェズン・アプリコットも含まれているかもしれない。事実、彼女の情報もシリウスの口からは一切語られていないのだ。


 セントラル内で権威をもった者が彼女たちの情報を握っていたとするなら、学校からの追放、果ては「魔法使い」としてその世界からの追放が容易にできてしまうのだ。


 スピカはこれらを表に出さないことを条件に、自らが学校を去る「交換条件」を突き付けられた。シャネイラはそう考えていた。


「もし――、私の予想が当たっているならスピカ・コン・トレイルはどうあっても自主退学の理由を語らないでしょう。ですが、相手は退学したからといって彼女の口が完全に封じられたとは考えないはずです」


「一旦学校から遠ざけといて――、どっかで襲い掛かってくるかもしれないって話だね? 胸くそ悪い」



「――ウェズン・アプリコットも決して安全とは言えんが、彼女はこちらが管轄する施設にいる。念のため、私の隊から護衛を出すつもりでもいるから安心しろ」



 カレンの思考を予期してか、これまで黙っていたグロイツェルが口を開いた。



「グロイツェルは、例の連立ギルドへ送る人選もお願いします。どうやらが引き受けてくれたようですから」


「お任せを。滞りなく進めて参ります」


 ブレイヴ・ピラーと知恵の結晶の連立ギルド設立。カレンも決して知らないわけではなかったが、あまり関心を向けていなかった。しかし、シャネイラの口からその代表者の名前を聞いて彼女はまたも驚かされるのだった。

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