第175話 彼の仕事は?

「――連立ギルドですから、最初のうちはこちらから……、それにブレイヴ・ピラーからも応援の人を送り込んでくれると思います」


 スガワラは、アレンビーにギルド設立からその後の流れについての説明を受けていた。彼が最初に驚いたのは、ギルドの「本部」となる場所についてだ。


 この酒場の近くの、裏通りに大きな空き家が一件ある。スガワラは自分が暮らす家の候補としてたまにそこを覗いていた。1人で暮らすには少々広すぎる……、などと考えているうちに買手が付いてしまったその家だが、そこを抑えていたのは「知恵の結晶」だったのだ。


 スガワラは自分がギルドマスターの件を引き受けるところまで、ラグナ・ナイトレイの思惑通りなのだと思った。だからといって、そこに悪意は感じられず、ただただ彼は用意周到で身軽な人間なのだと理解する。



「初歩的な質問で大変恐縮なのですが――、まず私はどういった情報を纏めて提出したらよいのでしょうか?」



 ギルドを運営する意志こそ固めたものの、彼にとっては初めて尽くしであり、わからないことだらけなのだ。年下のアレンビー相手でも頭を下げて、一からの助言を求める。



「――ギルド本部の所在地、それに組織の名称と所属の人数。構成員の年齢、性別。それに魔法使いや武器を扱う者がいるのならその免許の有無……、といったところじゃろう。そんなことも貴公は知らんのか?」



 スガワラとアレンビーの会話に突然割り込んできたのは、カウンターの端でちびちびとコーヒーを啜っているマルトー。

 なぜ彼が唐突に話しに入ってきたのかはよくわからないが、スガワラは彼の言ったことが正しいのかを確認するようにアレンビーへとその視線を向けた。


「あー、ええっ……と、そちらの御貴族様が仰る内容で――、概ね合っております」


 アレンビーは、そもそもこの小太りの成金臭漂う男は何者なのだ? と思いながらもスガワラの意図を察して答えるのだった。



「ふん! ギルド設立に至っては、『魔法ギルド』なのか『剣士ギルド』なのか……、あるいは職種を絞らない『多目的ギルド』なのかを定めた上で、先の情報とともに書面にまとめて、王国のギルド統轄部門へ提出せねばならんのじゃ」


 ギルドの種別を絞り込むことで、よりそれに適した仕事を割り振られるメリットがある。一方で、同系統のギルド間の競争に巻き込まれやすくもなる。

 ただ、『多目的ギルド』のように種別が不明瞭だと、舞い込む仕事も具体性を欠くものが多くなってしまう、といった弊害もあるようだ。


 こうした説明も、誰に頼まれたわけでもなくマルトーは勝手に話し始めた。そして、アレンビーはこれも概ね当たっているとの意思表示でスガワラへ向けて頷いて見せるのだった。



「マルトーくんは、小規模ギルド設立の助言や王国への申請を代行するお仕事をされているんです!」



 スガワラとアレンビーの疑問に答えるように、パララは大きな声でマルトーが「いかなる人物」なのかの説明し始めた。最後に小さく「私の幼馴染で――」と付け足して……。これはアレンビーに向けてのものだろう。


 スガワラは頭の中で「行政書士のようなものか」と、現代で得た知識に置き換えてマルトーの職業を理解する。そして――。



「あの……、突然ですが、さん。この度、私は『知恵の結晶』と『ブレイヴ・ピラー』の力を借りて、ギルドを設立することになりそうなのですが――、あなたのお力をお借りできませんか?」



 スガワラの近くに座っていたアレンビーは、「ポチョムキン」と聞いた瞬間、顔を背けて下を向いた。どうやら笑いを堪えようとしているようだ。



「むう? どうして我が貴公の手伝いなんかをせねば――」

「マルトーくんがユタタさんのお手伝いしてくれると、私はとーっても嬉しいです!」


 明らかに拒絶を口にしようとしたマルトー。それに対して、パララはすかさず彼の台詞を遮って大袈裟な言葉を言い放った。


 その対応に驚くスガワラ。そこにパララはちらりと顔を向けて小さくウインクをして見せる。

 普段は実年齢よりずっと子どもっぽく見える彼女だが、こと幼馴染のマルトーに対してのみ、歳相応の小悪魔的な女性の魅力を発揮するようだ。


 パララは彼女なりにスガワラへの恩義を感じており、どこかでそれを「お返し」する機会を窺っていたようだ。



「パっ……、パララ・サルーン嬢からの頼みなら、このマルトー・ポチョムキン! 少しの力を貸すくらいやぶさかではないぞ!」



 スガワラは心の中で呟いた。


『この人……、おそろしいほどな』


 その近くでは、自ら大きな声で「ポチョムキン」と言い放ったマルトーの言葉に、アレンビーの笑いの堰は限界を迎えようとしていた。


 ――ともあれ、スガワラはここにギルド設立へ向けての強力(?)な仲間をひとり迎え入れるのだった。

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