第173話 場所と審判と……
アトリアが突然、決闘を申し出たことにより沈黙する酒場「幸福の花」。ただ、スピカの横に座るルーナはこの状況でもいつもの「くふくふ」といった笑い声をあげる。
「よかったじゃないか、スピカ? アトリアさんに勝てば彼女は納得して引き下がってくれるんだろう?
ルーナはスピカの意志を尊重しているとはいえ、彼女がセントラルを退学したことすべてに納得しているわけではないようだ。ゆえに――、自分に理由を話さず、意志を通したいのならこのくらいはやってのけろ、と言っているようでもあった。
「――アトリアがそれで納得するなら、受けます! あたしはあたしの意志を通すために!」
怒りとも怨みともまた違った、複雑な感情を浮かべながらお互いの視線をぶつけるスピカとアトリア。2人の目にはともに一歩も引かない闘志が宿っていた。
「スピカ? 悪いけど、私は少しアトリアさんと2人でお話がしたい。今日は先に宿に戻っていてくれるかい?」
そこにルーナの突然の申し出。スピカはもちろん、アトリアも脈絡がわからず疑問の表情を浮かべる。
「決闘の日時や場所も含めて私がしっかり決めといてあげるよ? さあさ、行きなさい」
師匠に促され、スピカはアトリアと――、酒場に集まっていた面々にぺこりと頭を下げて出て行った。残されたアトリアはルーナの顔を見つめ疑問を口にする。
「……『ユピトール卿』、私にお話とは?」
「まずはお礼を……。あの子とここまで真剣に向き合ってくれる友人に心から感謝の言葉を伝えたい。本当にありがとう」
「……いいえ、私はただ、納得できないだけですから」
「そして、もう1つ――、私から言うまでもないかもしれないけど、今のスピカは強いよ? あの子の話を聞く限り、重力魔法をかなりのレベルで使いこなし始めている」
ルーナのこの言葉にアトリアは少しの間黙り込む。そして、不服そうな表情で彼女の目を見つめながら口を開いた。
「……私では、スピカに勝てないと仰りたいのですか?」
「いいえ。ただ、『重力』への対処がなんにも無しじゃ分が悪いだろうって話さ?」
「……?」
「今日1日だけ、この私が手ほどきをしてあげるよ? 別にスピカを負かしたいわけじゃない。でも、あの子の手札に抗う術がないとフェアじゃないだろうってね?」
アトリアは驚いていた。重力魔法へ対処する術を授けてくれようとしているのは他ならぬスピカの師であり、かつて「最強の魔法使い」と言われたルーナ・ユピトールなのだ。
「――横からごめんなさい。けれど、なんだか大変な話になっているわね?」
ここに口を挟んだのは、知恵の結晶の使いとして本来ならスガワラと話をしに来たアレンビーだった。
「詳しい事情はわからないけど――、きちんとした『決闘』をするつもりなら相応の場所が必要でしょう? うちのギルドの練習場が使えないか話をしてあげるわ」
「……アっ、アレンビー先生、よろしいのですか?」
「なんていうか……、後輩だし、ほんのわずかとはいえ『教え子』だからね、あなたたちは。力になれることがあるなら手を貸してあげたいのよ?」
「さっ…さすがアレンビーさん! 優しいですね!」
「――うるさい、黙れ。パララ」
純粋にアレンビーを称えるパララと照れたように顔を背けるアレンビー。その姿を微笑ましくラナンキュラスとルーナは見つめていた。
「では――、審判はボクとルーナ様で行うのはどうでしょう? ボクたちなら『万が一』の事態にも対処できるでしょうから」
そう言って挙手するラナンキュラス。彼女の言う「万が一」はおそらく、スピカとアトリアの魔法がフルに発揮され、2人に危険が及ぶことを想定しての話だ。
「くふくふくふ……。これは願ってもないお話だね。もちろん、私もかわいい弟子のためだ。しっかりと務めさせてもらうよ」
『……待って。待って待って。なにこれ、ちょっと豪華すぎる布陣じゃない? こんなに人を巻き込んじゃって本当に大丈夫なのかしら?』
アトリアの心配を他所に、ラナンキュラスとルーナは顔を見合わせて頷き、アレンビーもギルドマスターに相談する気満々でいるようだった。
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