第172話 理由(わけ)

 アトリアたちセントラル学生からの連絡にスピカはなんの躊躇もなく応じるのだった。


 後日、代表してアトリアがスピカと会う約束を取り付ける。場所は酒場「幸福の花」。元々は残りの仲間たちもスピカに会って話をしたいと申し出ていたが、あまり大人数で押し掛けてもお店が迷惑だろう……、と一旦はアトリアだけが詳しい事情を聞く流れとなった。


 この日はスピカにルーナ、そして知恵の結晶の使いとしてやって来たアレンビーに、彼女に付き添って店を訪れたパララ……、さらになぜか完全に昼の酒場の常連と化しているマルトーとさまざまな面々が顔を連ねていた。



 昼下がり、昼食を終えたスピカとルーナの元に、不快感をまったく隠そうとしないアトリアが姿を現した。

 まさに「一触即発」といえる、不安定な爆発物のような彼女の雰囲気に酒場の空気は一瞬凍り付いた。そんな中、ルーナだけはこの状況を予期していたのか、いつもと同じように「くふくふ」と声を殺して笑いながらスピカとアトリア2人の様子を見守っている。



「……で、なにがどうなってるの、スピカ?」


「ごっ……、ごめんなさい、アトリア。きちんと説明する暇がなくて、その――」


「……私にわかるように、納得できるように訳を説明しなさい!」


 強い剣幕でスピカに迫るアトリア。その様子を遠目から心配して見つめる訪れたお客たちと店主のラナンキュラス、そしてスガワラの姿があった。


「理由はお話できません。ですが……、センセにもきちんと相談して決めたことです。連絡が後になってしまったのはホントに申し訳なく思っています」


 最初こそアトリアの威圧にたじろぐ気配のあったスピカだが、言葉を返す際は毅然とした態度で、アトリアの目を真っ直ぐに見つめていた。これには逆にアトリアの方がわずかに退いてしまう。



「……ユピトール卿は、スピカの退学の訳をご存知なのですか?」



 アトリアは話の矛先をスピカの隣りにいるルーナへと向ける。彼女はこの場で唯一、いつものと変わらぬ様子でいる人物といえた。


「残念だけど、詳しい事情は聞いちゃいないよ? 私はスピカの意向を尊重しただけさ?」


 この返事にアトリアは驚き――、そして、あろうことか彼女はルーナに食って掛かるのだった。


「……そんなのおかしいでしょう!? あなたがスピカにセントラルへの道を進めたのでしょう!? それをこんなにあっさり断念されて……、どうして訳も聞かないでいられるんですか!?」


 アトリアの剣幕に対して、あまりに涼しい表情で彼女の顔を見つめるルーナ。口元ににやりと緩めたあとにゆっくりと言葉を返すのだった。


「スピカは――、純粋過ぎるほどに素直で正直な子だよ? いつもならどんなことでも私に話してくれたさ?」


 ルーナはその大きな掌をスピカの頭にのせ、優しく撫でながら話を続ける。


「そんなこの子が――、学校を辞めるなんて大それたことの理由を話そうとしないのさ。わかるかい? 普段なら私が聞かなくてもこの子はなんでも話してくれる。そのスピカがどうあっても話そうとしない。それほどの理由があるってことさね?」


 ルーナの話に俯くスピカ。アトリアもルーナが言わんとしていることを理解できないではなかった。

 しかし、訳もわからず、そして保護者であり師匠でもあるルーナすらもなにも知らないまま、スピカが学校を退学することがどうしても納得できないのだ。


「……ふざけないで。『理由は話せないけど、退学します。同級生じゃなくなってもよろしくね』って言いたいわけ?」


「アトリアや――、仲良くしていたみんなには時間を置いてからきちんと挨拶をするつもりでした。セントラルを辞めても、あたしは魔法使いになる道を諦めたわけではありません。これからも共に競い合って成長できる仲間でいられたらなと……」


 スピカの言葉に、アトリアは下を向きふるふると小刻みに震えながら小さな声でなにか呟いている。しかし、それがなんなのか目の前にいるスピカですらはっきりと聞き取れなかった。



「……できない。納得できない。そんな話ではとても納得できない! そんなでとてもあなたと『友達』なんて続けていられない!!」



 アトリアは突如、背負っていた木剣を構え、その切っ先をスピカに突き付けた。


「……スピカ・コン・トレイル! 私と戦いなさい! あなたが私に勝ったら引き下がってあげる。でも……、私が勝ったら退学のわけをきちんと説明してもらうわ!」

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