第171話 2人の決意

 昼下がり、酒場「幸福の花」をスピカは訪れていた。テーブル席に座り、珍しく少し落ち込んだ表情をしている。彼女の正面に座るのは、真っ黒な衣装を着た体の大きな女性、ルーナ・ユピトールだった。


「あの……、センセ。ごめんなさい、あたし――」

「スピカは……、謝るようなことをしたと思っているのかい?」


 真っ直ぐにスピカの目を見て問い掛けるルーナ。スピカはその眼差しに答えるようにはっきりした口調でこう言った。


「いいえ! 間違ったことをしたとは思っていません! ――ですが、センセがせっかくセントラルへの編入手続きをしてくれたというのに……」


「くふくふくふ……、試験に受かったのは他ならぬスピカの実力。それにセントラルでなくても魔法使いへの道が閉ざされたわけでもない。スピカがいいのなら、私はこれ以上なにも言うつもりはないよ?」


「そっ…そうですか」


「――ただし」


 ルーナはふたりを挟むテーブルに前のめりになってスピカの顔を覗き込む姿勢になった。


「スピカのお友達がきっとあれこれ聞きにやってくるだろうさ? 彼ら彼女らに背を向けずしっかりと向き合うこと。これがスピカの意志を尊重する私からの条件」


「――わかっています。みんなには黙って出て来てしまいました……。きちんと、お話はするつもりです」


「『話し合い』だけで済めばいいけどね? くふくふくふ……」


 ルーナはまるで独り言のように虚空に向かってそう呟くのだった。




 彼女たちが真剣な話をする中、お店のカウンターの内側でもまた別の真剣な話がなされていた。



「ギルドマスター……、ですか?」


「はい、先日『知恵の結晶』のラグナ・ナイトレイ様から話がありまして――」


 スガワラはラナンキュラスに先日、知恵の結晶を訪れた際に聞いた話を要約して説明していた。彼がこの話をしたのは、彼の中での意向がおおよそ固まったからに他ならない。


「詳しい話は、今後少しずつ詰めていくと思いますが、私は彼からの申し出を受けようと思っています」



 数日間、スガワラは考えに考え抜いた末にこの結論に行きついた。


 今のまま酒場の手伝いを行い、商品の提案営業を手掛けながらでも十分に生活はできるだろう。

 ただ、スガワラはこの先、としてどう生きていくかを真剣に考えた。ラグナ・ナイトレイの生き方は、ある意味その一例といえるだろう。


 決して、そのまま彼の真似をしようと思ったわけではない。それでも、戦う力をまったく持ち合わせていないスガワラにとって、力ある組織の運営を手掛けることは間接的な「力」の所持に他ならなかった。


 できれば争い事など避けて生きたい彼だが、ラナンキュラスを筆頭として、彼が大切に思う人たちを取り巻く環境は、常にそれを許してくれるとは限らない。そんな中、ずっと無力のままでいたくない、というのが今の答えに行きつく決め手となったようだ。


 もちろん、彼はラナンキュラスにそこまでの事情を話してはいない。ただ、今後の明確な意志としてラグナ・ナイトレイの申し出を受ける決心をしたと語ったのだった。

 もっとも、それに際してラナンキュラスの手を借りるかどうかは、どうやらまだ定まっていないようだが……。



「スガさんが考えた末のことならボクは賛成ですよ? きっとこの先、忙しくなると思いますが、ボクで手伝えそうなことならなんでも仰ってくださいね?」



 きっとこの先彼女の手を借りたくなることはいくらでもあるだろう。しかし、本当に「なんでも」言っていいものか、今回ばかりはスガワラもその場でうんと頷くことはできなかった。

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