第170話 全員一致
アトリアは大慌てで寮の自室を訪れる。勢いよく開けた扉の向こう側は、不自然なほどなにもないスペースが広がった部屋。スピカと共同で使っていた場所から彼女の分の荷物だけがすっかり無くなっていたのだ。
『……なぜ? なんで? なんでなんでなんでっ!?』
ゼフィラとシャウラはアトリアの背中に追い付き、部屋の中にいる彼女に声をかけようとした。ところが、アトリアは弾かれたように部屋を飛び出して、また別のところへ駆けて行ったのだ。
「おっ、おおい! アトリア、とりあえず落ち着――」
「完全に頭に血が上ってるわね? 追うわよ、ゼフィラ?」
女子寮の入り口では、居心地悪そうにサイサリーとベラトリクスが立っていた。彼らも飛び出してきたアトリアに声をかけるが、彼女はまったく振り向きもせずに駆け出してしまった。
そのあとに遅れてシャウラとゼフィラの2人も女子寮を出て顔を出す。
「まったく! まずはアトリアの頭を冷やさないとね! 男子たちも追うわよ」
「こっちに見向きもしねぇでよ……、イノシシかよ、あいつは」
「ニワトリに言われたらおしまいだね?」
「なんか言ったか? サイサリー?」
「――さぁてね?」
「ほらほら、男子ども! さっさと行こうぜ!?」
アトリアが次に向かったのは、3回生学年主任アフォガードの研究室。彼ならばスピカの事情をそれなりに知っているはずだと踏んだようだ。
本棚に並んだ書籍や机の上に至るまで几帳面に整えられたアフォガードの部屋。そこにアトリアはノックもなしに飛び込んできた。
「こほん……、ノックのひとつもなく入室とは。一体どうしたことだろう、アトリア・チャトラーレ?」
アフォガードはいつも通りの聞き取りにくいぼそぼそとした声でそう言った。
「……はぁ、はぁ。突然申し訳ございません、アフォガード先生。ただ、どうしても教えていただきたいことがあるんです」
「ふむ……、それはスピカ・コントレイルのことか、あるいはポラリス・ワトソン、ウェズン・アプリコットのことか? 誰か訪ねてくるだろうことは予想していたよ」
アトリアは手間が省けて助かると思った。アフォガードから名前を出すくらいだからそれなりに説明の準備があるのだろう、と。
それを聞いて果たして納得できるかはともかく、なにかを知らなければアトリアは自分の気持ちが抑えられそうになかったのだ。
「……教えてください。聞きたいのはスピカのことです。どうしてあの子――、彼女は退学になっているんですか!?」
アトリアがこの質問をぶつけたとき、ちょうど後ろからシャウラたち同級生4人も合流してきた。
アフォガードは後からやってきた学生たちの顔を確認すると、アトリア含めてとりあえず席に着くよう促した。
そこには、真っ白でよく磨かれたなにも置かれていない机があり、しっかり詰めると6人は座れそうだった。
アトリアが一番教員に近い席に座り、その隣りにゼフィラとシャウラ。向かい側にサイサリーとベラトリクスが座ってアフォガードの話を待っている。
「こほん……、まず前置きとして伝えておく。私を含めた教員たちも個人的な事情に関しては踏み込んでいない。要するに、詳しいことはわからないのだ」
集まった生徒たちはそれぞれが顔を見合わせた。まず彼らの中には、わずかでも「なにかの間違い」という期待があったからだ。しかし、どうやらその希望は叶いそうにないと悟ったようだ。
「スピカくんに関しては、つい先日彼女自身から申し出があり、保護者もその意向に概ね同意していると連絡をもらっている」
アフォガードはこの話の「保護者」のところでアトリアの顔を見た。これはすなわちスピカの両親ではなく、彼女の師にあたる「ルーナ・ユピトール」を指すのだとアトリアは察する。
スピカ自身の申し出、そしてその師匠も意向に同意している。これはもう間違いであるはずがなかった。次になんと言葉を発していいのか、下を向け沈黙する同級生たち。
教員のアフォガードもひとつため息をつき、さてこれからどう話したものかと思案しているようだった。
そして、この状況で最初に口を開いたのはベラトリクスだった。
「なんかわかんねぇけどよ! これはもうスピカ本人に話を聞くしかねぇだろ!? ここにいる奴はみんなスピカと連絡用の写し紙持ってんだろ!?」
彼の言うことはもっともだった。学年主任のアフォガードとて詳しい事情まではわからない。ならば、もう本人に直接聞くしか手はないのだ。
そのとき、研究室の扉がゆっくりと開き、1人の生徒が顔を見せた。
「――君たちがスピカ・コン・トレイルに会いに行くつもりなら、僕もそこに混ぜてくれないか?」
彼は研究員志望の編入生、アルヘナ・ネロスだった。
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