第168話 直撃

 頭上に舞うスピカからの重力魔法。シリウスは結界を展開して、なんとか耐え忍んでいたが、わずかでも気を緩めれば地面に叩きつけられそうだった。


『宙を浮いているのも魔法、それにこの高圧力……。それほど長く続けられるはずがない! この瞬間を耐えれば勝機はあるはず!」



 重力系統の魔法に触れた経験はないシリウスだが、魔法の原理が他と同じなら当然、スピカの魔力消費は著しいと考えた。ここを耐え抜けばおそらく魔力の枯渇状態に陥ると。


 彼の読みは間違っておらず、冷たい表情でシリウスを押し潰そうとするスピカに決して顔付きほどの余裕はなかった。むしろ、彼に対する「怒り」が本来の力にブーストをかけている状態で、普段の彼女ならすでに限界に達していたかもしれない。


 スピカは自分で理解していた。今の攻撃を止め、地面に降り立ったとき、おそらく余力は残されていないと。つまり、今の一撃でなんとしても決着を付ける必要があったのだ。



 歯を食いしばり、高出力の結界を展開し続けるシリウス。彼の視線はスピカを捉えておらず、今にも崩れそうな自分の足元を見つめ、震える膝に激を飛ばしていた。


『浮遊と攻撃、それもこれほどの出力で長時間もつなんてありえない! 根比べなら守りに徹しているこちらに分があるはずだ』


 時間としては決して長くない、たかだか数秒……、多く見積もっても精々10数秒といったところだろうか。シリウスにとってはあまりに長く感じられた頭上からの圧力は唐突に終わりを迎える。


 シリウスの身体は、本来あるべき重力以外からは解放され、急に軽くなったのだ。彼は視線を上に向け、スピカの様子を窺おうとした。彼女はそのまま浮遊を続けているのか、どこかに着地するつもりなのか……、いずれにしても魔力の枯渇は近いはず。


 耐え続けた自分の勝ちだ、と――。



 しかし、視線を向けた先で見たものは、こちらに向けて落下してくるスピカの姿だった。

 そう――、スピカは自身へのダメージも顧みず、自分の身に重力魔法のエネルギーを乗せてシリウス目掛けて降下してきたのだ。


 少女とはいえ、人間1人が落下してくるエネルギー。それに重力魔法による加算を入れた力は、人ひとりを戦闘不能に至らせるには十分だった。


 シリウスは想定外の事態に一瞬、受け止めるか逃げるかの判断に迷い、振り向こうとしているのか、背を向けようとしたのかいずれもしても中途半端な姿勢でスピカの落下を直撃する。


 まさに「崩れた」を絵に描いたような受け身もなにもない奇妙な姿勢でその場に倒れたシリウス。お尻から落下したスピカの方は、案外ダメージが少なかったのか、彼の背中を踏み台にしてぴょんと飛び跳ねるように立ち上がった。


 シリウスの姿を見下ろし、さすがにもう抵抗はないだろうと判断したスピカ。さて、この後はどうしたものだろうと頭を切り替える。不思議と頭の温度は急激に下がり、怒涛の勢いで押し寄せていた怒りはどこかへ行っていた。


 目の前の男を、文字通り「地面に這いつくばらせた」のがよかったのかもしれない。



「――主席のシリウスを力技で倒してしまうとは……。大したものですね。スピカ・コン・トレイル?」



 急に飛び込んだ見知らぬ声にスピカは、一瞬ビクッと肩が上がってしまう。声の元へ振り返ると、見慣れた格好をした1人の――、初老の男性がこちらに歩み寄って来ていた。


 彼のことをスピカはあまり知らない。ただ、彼の着衣は紛れもなくセントラルの教授たちが身に付けているものだった。それに「あまり――」なだけであり、まったく知らない人物でもなかったのだ。

 それは直接習ったことはないにせよ、セントラルこの学校でよく目にする人間だったからだ。


「上級生との練習は大いに結構ですが、怪我はしないようほどほどにしませんとね? もっともこうした注意は大体、上級生側に言うものなのですが……、たまたま通りかかって驚きましたよ?」



「えっ…と、たしか先生は――」

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