第165話 程度

「――ダイヤモンド・ダスト」


 シャネイラが小さな声での詠唱を終えると、周囲に氷の粒子が舞った。目くらまし、と呼ぶにはあまりに荒っぽく、それ自体を攻撃とするにはあまりに頼りないもの。


 しかし、この一手にアリーは彼女しか聞こえない程度の舌打ちを洩らした。正面から戦う分に彼女の使った「ダイヤモンド・ダスト」はなんの支障もない。だが、高速移動魔法「ソニック」を用いるアリーにとっては別だった。


 シャネイラの死角をつくための移動はどうやってもこの「氷の障害」を突破しなければならない。高速移動で今ここに突っ込めば術者はただで済まないことは容易に想像ができる。


 とても単純な一手だが、これによりアリーの「ソニック」は封じられたのだ。



 ただ、それなりの修羅場を潜り抜けここに立っているアリー。得意技の1つが封じられる程度で動揺することはなく、シャネイラを挟んで向かいにいるオージェに視線で意思疎通を図っていた。



「あくまで私を倒そうとする意志は変わらず――、ですか。その心意気だけは褒めてあげましょ――」



 シャネイラは振り返って、アリーに背を向けオージェの方を向きながらそう言った。2人が視線でコンタクトをとっていること、彼らの決断に「撤退」はないと理解したようだ。

 そして、台詞のすべてを言い終える前にオージェの方へと突っ込んでいく。


 瞬時に間合いへと踏み込んだシャネイラは左から払うように斬撃を繰り出す。それを両手の鉄甲を合わせなんとか防いだオージェ。

 だが、間髪入れずに、右から左から上から下から……、と縦横無尽にシャネイラの刃が襲い掛かる。


 糸を引くような鮮やかな軌跡であるにも関わらず、その一閃は巨人の鉄槌の如き重さも併せもっている。

 オージェは反撃に転じる構えではなく、体を丸め完全に「護り」に徹してなんとかそれに耐えていた。ただ、彼が「耐えている」おかげでアリーはそこにわずかな隙を見出すのだった。



「化け物め……」



 シャネイラがオージェに襲い掛かり、自分に背を向けたことでアリーは自慢の速さで呪文詠唱を始める。オージェが守りの姿勢に入っているのも、隙を見て魔法を撃ち込め、との意思表示だと考えたのだ。


 彼ら2人にそこまでの連携があったのかは定かではない。だが、少なくとも1人の力でどうこうできる相手ではないことだけは共通認識となっていた。


『狙う、右への振り』


 シャネイラが次に右から左へ振り下ろす斬撃を繰り出したときだった。アリーはシャネイラの視界から消える――、ちょうど真後ろに移動して、再び上級魔法を放とうとする。


「巻き込み、知らない」


 アリーの頭には「シャネイラを倒す」以外の考えはなかった。それに伴い、同じギルドのオージェを道連れにする可能性があっても、彼女にはそれを気にしているだけの余裕がなかったのだ。



「ライトニング――」



 雷の上級魔法「ライトニング・レイ」。これを命中させればさすがの「不死鳥」であろうとも無事で済むはずがない。「ソニック」は封じられたが、死角から攻撃できれば、そもそも高速移動の必要もないのだ。


 シャネイラの背中を焼き付くように見つめ、今まさに呪文の詠唱を終えようとしたアリー。しかし、その「終わり」は別のかたちで到来した。




 オージェへの剣撃を止めたシャネイラ。目の前のオージェは、突然攻撃の雨が止んだことに違和感を覚えた。そして、正面の不死鳥はこの距離で後ろへ振り返り、またも自分に背を向けているのだ。



「迅雷のアリー、あなたは私を『剣士』と思い込み過ぎている。ゆえに、こんな簡単な一手にも気付けないのですよ?」



 シャネイラがそう語り掛ける先には、背面からいくつもの氷柱に刺され鮮血に染まったアリーの姿があった。



「アイシクルランス……、数こそ多いですが、下級魔法です。あなたが次に魔法で仕掛けてくるのをずっと待っていました」



 アリーは遠のく意識の中でシャネイラの言葉を反芻する。魔法使いがもっとも隙をつくる瞬間――、魔法を放つ瞬間を敵はずっと待っていたのだと。

 シャネイラが複数のアイシクルランスを詠唱したのはどのタイミングだったのか、それの同時発動は「サスティナ」の応用かなにかか……?


 魔法使いらしくアリーは、自分がやられたのはどういった方法なのかに思考を向けていた。だが、それも次第に曖昧になっていき、四肢に力が入らないことを感じる。目の前の光景が実際の目で見ているものなのか、頭でつくり出したものなのかわからなくなったとき、彼女の意識はここから消え去った。



「名の通った魔法使いとはいえ、こうも安易な誘いに乗ってくれるとは……。程度が知れますね」



 独り言ちるシャネイラに襲い掛かるオージェ。しかし、彼の向けた鉄甲は彼女に届く前に勢いを失う。

 一流のオージェですらまともに目で追えない速さの斬撃が、彼の胴体を肩から脇腹までを大きく縦断し、深紅の飛沫をそこに撒き散らしたのだ。



「この私が――、あなた程度の戦士相手に幾手もかけると、本気で思っていたのですか?」



 シャネイラはその言葉の終わりと同時に大きく剣を振り抜き、その刃に付いた穢れを払い落とすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る