第164話 本音
ラナンキュラスは牽制を入れるでもなく、ウェズンの射程を度々侵していた。対するウェズンは常に先手を取り、出足の早い魔法と火力の高い魔法を織り交ぜながらの攻撃を仕掛ける。
的確な結界の展開、魔法同士の相殺……、含みを持たせたあらぬ方向への牽制には目もくれず、ラナンキュラスは正確無比にウェズンの魔法を防いでいる。
それは彼女の余裕の表れなのか?
ただ――、見方によっては防戦一方に見えなくもなかった。
『手を出さないのか、出せないのか? 今のラナは一体どっちなんだろうねぇ……』
2人の戦いを見つめるカレンは、ラナンキュラスの動きを注視しながら今の戦局がどちらに傾いているのか、それともまだそんな段階にすら達していないのかと独り考えていた。
しかし、この攻防――、といっても一方的なウェズンの「攻」とラナンキュラスの「防」は、ウェズンがその手を止めたことで途端に静かなものとなる。
「ローゼンバーグ卿、どうして反撃してこないのです!? まさか、私を魔力の枯渇にまで追い込んで、平和的に終わらせようとでもお考えなのですか!?」
ウェズンの問い掛けにラナンキュラスは、日常の彼女がいつもそうするように、人差し指を唇に当ててほんの少しだけ視線を上に向けた。
そして、その眼差しをウェズンに戻したと同時に口を開く。
「見て、触れて……、よく知っておきたかったのです。『ローゼンバーグの再来』たる魔法使いの力を」
「私を……、試していたというのですか? 自分の再来と言われるだけの力があるのかどうかを?」
かすかに怒りを含ませたウェズンの言葉。しかし、ラナンキュラスはそれを否定する。
「いいえ。少なくともボクは、『ローゼンバーグ卿』なんて名は誇りでもなんでもありませんから。ただ、本当に勿体ないとは思いました」
「勿体ない……、ですって?」
ラナンキュラスは小さくコクンと頷くと、ゆっくりとした所作で一歩一歩とその間合いを詰めていった。
不用意に射程内へと踏み込んできたにもかかわらず、ウェズンはそのとき攻撃を仕掛けないでいた。なにか――、彼女と今よりもっと近く、より声が伝わる距離感で話を聞く必要があると感じたのかもしれない。
「これほどの魔力、技量、実戦的な感覚の冴えと判断力……、いずれをとってしても並大抵の努力で得られるものではないはず。ましてや『エリクシル』の効果1つで得られるようなものでは決してない」
「なっ……、なにが言いたいですの?」
「ウェズンさん。きっとあなたは今の能力と同等か、それに限りなく近いものを自分の力で手にしていたのです。ただ――、そこに行きつくまで自分の才能と努力を信じることができなかった」
ウェズンの真正面、ラナンキュラスはお互いに魔法を使えばほぼ必中の距離まで歩み寄ってその歩を止めた。そして、そのまま続きを話し出す。
「ズルをすることでしか追い求める力が手に入らないと思ってしまった。その心の弱さが、ボクはとても勿体ないと思うのです。どうして、もうあと少しだけ自分を信じてあげられなかったのか……」
カレンは、ウェズンからついさっきまで感じていた「闘気」がなくなったように思えた。ラナンキュラスと近い距離でお互いに言葉を交わしている。多少の撃ち合いこそあったものの、お互いに怪我無く、平和的に解決の道を探れそうだと期待した。
「――才能が桁外れの『ローゼンバーグ卿』にはきっとわからない。もたざる者の悩み、苦しみは到底理解できないでしょう!」
萎んだかに見えたウェズンの気配が再び増幅する。2人の元へ駆け寄ろうとしていたカレンは、立ち止まって数歩後退った。
『もうっ……、なんで大人しく引き下がってくれないんだよって!』
「気持ちを理解できるなんて詭弁を言うつもりはありません。ボクはたしかに誰もが羨むほどの才能に恵まれていたと自覚もしています。ですから――」
ラナンキュラスは微笑みを浮かべたまま続ける。
「これはセントラルの先輩として……、言わせてもらいます」
ウェズンはこの必中の距離で、魔力を充填させ今にも攻撃を放つ寸でのところまできているようだった。
「あなたは――、ボクの敵じゃない」
「このっ!! ヴォルケ――」
「――インヘルノ」
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