第163話 もうひとつの真実

「スピカさんはたしか――、『風』の使い手だったね?」


 臨戦態勢に入ったスピカはシリウスの問いには答えなかった。毅然とした態度で、彼をその目にしっかりと捉えている。


「実は僕も、『風』が得意なんだ。同級生でも風がうまく扱える人間は案外少なくてね。さながらこれは学内の風魔法、最強決定戦かな?」


「理解に苦しみます。人を散々利用しといて、どうしてそんなにヘラヘラしていられるのか……」


「理由は話した通りさ? 僕は魔法使いの未来のためにを行ってきた。そして、その考えを改めるつもりもない」



「エアロカッターッ!」



 スピカの構えたスティックの先から風の刃が発射される。空気を切り裂き、一直線にシリウスへと向かっていく。



「エアロカッター」



 彼もまた同じく、風の「下級魔法」を用いてスピカの魔法を相殺した。同系統の魔法の使い手であり、その威力も五分五分のようだ。



「小耳に挟んだけど……、スピカさんは特異魔法を扱えるんだって? 系統は『重力』。これは迂闊に近づけないな」


 スピカ自身、特異魔法を隠すつもりもないため、シリウスがこれについて知っていることにさほど驚きはなかった。ただ、「隠し玉」としての役割は失ったと言える。



「遠距離からの撃ち合いなら――、僕に分がありそうだけどね!」



 シリウスは先程と同じくエアロカッターを詠唱してスピカへと放つ。迎え撃つスピカは十分な距離をとっていたが、彼の魔法を一目見て違和感に気付いた。



「範囲が! 広いっ!?」



 スピカはもはや「得意技」の域にまで達した重力魔法により、通常ではありえないような跳躍でシリウスの魔法を躱す。これはスピカが無意味に特異魔法を使ったわけではなく、使わなければ躱せないと判断したからだった。



 空中で縦に一回転し、まるで羽毛のごとく重さを感じさせない所作で着地するスピカ。最初の睨み合いからは離れた位置で、両者は再び視線をぶつからせた。



「スピカさん、君は友人のアトリアさんがなにゆえ僕の力を借りてまでして、高みを目指そうとしたかわかるかい?」


「『エリクシル』は高い中毒性が知られています! アトリアの意思でアナタを頼ったわけじゃない!」



 スピカのこの返答にシリウスは――、片手で口元を抑えて笑い始めた。


「あっはっはっはっはっ!! 君は肝心なところで頭が回らないんだね? やっぱりどこか間の抜けた感じなのかな?」


 シリウスの言葉にスピカは不快感を露わにすれど、なにか言い返すまではしなかった。それは、このまま黙っていれば彼が続きを勝手に話してくれると期待していたからかもしれない。



「アトリアさんは『エリクシル』の存在こそ知らなかったかもしれないけど、受け取っているクスリが合法的なものではない自覚はあったようだよ?」



 そう――、スピカは理解していた。アトリアは自分よりもずっと賢い子だと。そんな彼女がなにもわからないまま、怪しいクスリに手を出し続けるはずがない。

 スピカの調べた情報によると、たしかにエリクシルは精霊との親和性を一時的に高め、魔力の増幅を促す効果があるという。


 だが――、たっただけの理由で、あの聡明なアトリアが危険なクスリに手を出し続けるだろうか?

 エリクシルの中毒性がそれほどまでに強力なものなのか? スピカはわからないなりに考え、その中毒性ゆえに歯止めがきかなくなったのだと思っていた。――いや、正確には、自分をそう納得させていたのだ。


 だが、今の口ぶりからすると、別の……、おそらくアトリアがエリクシルに頼ってしまった「真の理由」をシリウスは知っているのだ。



「――アトリアさんがクスリに手を染めてまで力を欲した理由。それは、君の存在があったからだよ? スピカ・コン・トレイル?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る