第162話 迅雷
「ラナっ!!」
カレンの声がこだまする。ウェズンの放ったヴォルケーノは強烈な爆発音を轟かせた。ラナンキュラスの立っていた地面は抉れており、高温の蒸気と煙と砂埃の入り混じったものが上がっている。
だが、そこに彼女の姿はない。いかに火の上級魔法「ヴォルケーノ」であっても、人を一瞬にして気化させるだけの火力は持ち合わせていないはずだ。
「――ヴォルケーノをあの短時間で放つなんて。伊達に『ローゼンバーグの再来』と言われてるわけじゃないようですね」
カレンと、魔法を放ったウェズンはほぼ同時に声の元を辿った。そして、ウェズンの後ろに無傷で立っているラナンキュラスの姿を目にするのだった。
「あらあらぁ、それなら本家『ローゼンバーグ卿』はどれほどの力を持っていらっしゃるのか、私に見せてくれるのでしょうか?」
再び、スティックの先をラナンキュラスに向けるウェズン。彼女たち2人の姿を視界に入れながらカレンは考えていた。
『――私はラナの動きをずっとこの目で追っていた。ウェズンちゃんの魔法を躱して、さらに後ろに回り込むなんてのを見逃すはずがない』
ラナンキュラスが無事であることに安堵しつつも、今目の前で起こった出来事が不可思議でならないカレン。しかし、数秒後に彼女は、自身の戦闘経験の引き出しからその答えを見つけ出すのだった。
◇◇◇
「2つ名はたしか……、『迅雷のアリー』と言いましたか」
シャネイラはオージェに背を向け、アリーに向かって語り始めた。
「元はフリーの賞金稼ぎ、雷属性の魔法を使いこなし、その詠唱の速さも相まって『迅雷』の名が広がった。数年前からサーペントに籍を置いているとは聞いておりましたが――」
オージェはシャネイラが背を見せているにも関わらず、手を出せないでいる。アリーが控えているとはいえ、彼は自分ひとりでシャネイラを仕留めるくらいのつもりでいたのだ。
つまりはなにひとつ手を抜いた戦いはしていない。だが、彼女はそんな自分の攻撃をまるで遥か高みから見下ろすように防いで見せたのだ。それは、剣の師が稽古をつけてやるが如く、相手の技を引き出させるように相手しているかのようだった。
「サーペント」はアレクシア王国で「ブレイヴ・ピラー」に次ぐ規模を誇るギルド。その中でもオージェは、腕利きの戦士として名が通っている。そんな自分がまるで子ども扱いにされているのだ。彼は歯噛みしながらシャネイラの背をじっと睨みつけていた。
「ただ、『迅雷』の名の理由はもう1つ。超速の移動魔法『ソニック』の使い手だから、という理由もあったのでしょう」
アリーはシャネイラの話が耳に届いているのかすら疑わしい、まったく無の表情をしている。ただそんな彼女ですら、今背中に冷たいものを感じていた。
「ソニックの魔法は――、タネがわかれば対処は容易。私を倒すつもりなら一撃で仕留めなければなりませんでしたね」
◇◇◇
「ソニック……、か」
カレンは自身の導き出した答えを無意識に口から溢していた。そして、どうやらウェズンもほぼ同時に同じ答えに行きついたようだ。
「ソニックの魔法、実戦で咄嗟に使う人は初めて見ましたわ。ですが、そう何度も使える方法ではありません」
「ええ、わかっています。ですから、この魔法はこれっきりです」
移動系の魔法「ソニック」。肉体を強化する効果術式とは若干毛色の違った魔法。それほど広い範囲ではないが、一種の「瞬間移動」に近いレベルで動くことができる。
この魔法は一時的な強化を施す魔法ではなく、予め決めたルートを伝って高速で移動するための魔法。ゆえにいくつかの欠点を抱えている。
その最たるものは、ルート設定後のキャンセルがきかないこと。極端な例を示すなら、術者が定めた移動ルートに相手が刃物を置いていたとしてもソニックは止まれないのだ。
こうした理由からソニックはあまり実戦では使われず、ある種の緊急回避的な手段で用いられることが多い。
「でしたら、次はどのような手で私の魔法を躱してくれるのかしら、『ローゼンバーグ卿』?」
ウェズンの挑発的な言葉に、ラナンキュラスはただただ笑顔を返すのだった。
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