第161話 怪物たち
店内の掃除を終えたスガワラはカウンターの端の席、ちょうどカレンがよく座っている席に腰を下ろして一息ついていた。
先日、ラグナ・ナイトレイと話した記憶を辿っていると、いつの間にか時間は過ぎ去っていたようである。
「――最後にもうひとつ、これはあなたが今『ローゼンバーグ卿』の最も身近にいる人物ゆえにお話することです」
ラグナの前置きにスガワラは、これまでの話以上に姿勢を前のめりにした。彼にとってラナンキュラスにかかわることが、なによりの関心事のようだ。
「スガワラさんはご存知かわかりませんが、ブレイヴ・ピラー……、というよりシャネイラ・ヘニクスは彼女を手元に置きたがっています」
スガワラはこの話に心当たりがないわけではなかった。実際、彼はシャネイラに直接そういった話を聞いている。もっとも彼女が語ったのはラナンキュラスが学生時代の話ではあるが……。
「ですが、私や……、この国の多くの有力者はそれを極めて危険と考えています」
「危険……、ですか?」
「ええ。私が知る限り、シャネイラ・ヘニクスのもつ『戦力』は一個人の範疇を明らかに超えている。月並みな表現ですが、まさに『怪物』と言えるでしょう」
ラグナはここで一呼吸おいて、続きを語り始めた。
「――そして、彼女を止められる唯一の抑止力となり得るのが『ローゼンバーグ卿』と私は考えています」
ラグナの言葉にスガワラはかつて聞いた話を思い出していた。彼は過去にシャネイラの口からランキュラスの能力について、『国や組織のパラーバランスが崩れるほどの力』と聞かされていたからだ。
しかし、「王国最強」と言われるシャネイラとラナンキュラスが同列に扱われているのはさすがに意外だったようだ。
「大きすぎる力を持った者が手を組むのは危険なのです。できれば、ローゼンバーグ卿にはシャネイラ様の手が届かないところにいてほしい」
こう言った後、ラグナは急に口角を少し上げて微笑みながらスガワラに話しかけた。
「理想を言えば――、あなたがギルドマスターとしてローゼンバーグ卿を囲い込み、コントロールしてくれるとありがたいのです。あなた方の関係が酒場の店主とその従業員なのか、それ以上にあるのかは存じませんが……」
◇◇◇
ラナンキュラスとウェズンは向かい合ってお互いの動向を窺っていた。カレンは最初、上級魔法の範囲から外れるところまで離れようと走っていた。しかし、途中でその足を止めて、彼女たち2人からそう遠くない茂みに身を潜めたのだ。
『ラナが本気を出したら、どこへ逃げても一緒だからねぇ……』
2人の魔法使いは共に、呪文詠唱速度が他の魔法使いとは一線を画している。今は静かな睨み合いだが、突然轟音が鳴り響いてもおかしくはない。
そして――、先に動いたのはウェズンだった。
「ヴォルケーノ!」
彼女が放ったのは火の上級魔法。やはり、通常の魔法使いに見られる詠唱時間を稼ぐための牽制が彼女には存在しないようだ。
業火を纏った巨大な火の玉が真っ直ぐにラナンキュラスへ襲い掛かろうとしていた。だが、当の彼女に動く気配はない。結界をはる素振りも見せずにその場に立ったままでいる。
「ラナッ!!」
火球が眼前に迫る中、カレンの大きな声だけがこだましていた。
◇◇◇
返り血に染まったシャネイラに対してオージェは再び、鉄甲を構え素早い動きで駆け寄る。シャネイラは視界の端にアリーを捉えながら、彼の攻撃を防いでいた。
拳闘に近い動きで次々と仕掛けてくるオージェ。それをシャネイラは表情ひとつ変えずにいなしながら、後ろに控える魔法使いの出方を窺っているようだ。
「――この程度の腕に苦戦を強いられるとは……。カレンを少し甘やかし過ぎたのかもしれませんね」
シャネイラの顔にわずかだが、「退屈」の色が見え始める。カレンの時と同様にオージェの武器に毒が塗られていたとしても、彼女はまず「掠める」こともないと思っていた。
仮にこの男が、魔法使いアリーの一撃必殺を決めるための動きに徹しているにしても拙いものだ、と……。
しかし、次の瞬間シャネイラは大きく後ろに跳び、オージェとの距離をとった。
「ライトニング・レイ」
直後、シャネイラの背後を強烈な雷撃が襲う。
オージェの間合いから離れていた彼女は、軽く横に跳び、まさに最小の動きでそれを躱した。
『あの魔法使い……、動きは追っていたはずですが、突然姿を消した? さらに急に背後に現れました』
アリーが突然移動したことにより、オージェとアリーに挟まれる構図となったシャネイラ。ただ、魔法使いのアリーが安易に接近を許すとは思えない。先に動いてくるのはやはりオージェだろう。
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