第160話 日常

「『ローゼンバーグ卿』、第一演習場ここなら周りを気にする必要はありません。どうか、私と戦ってくれませんか?」


 ウェズンに冗談を言っている気配はない。対して、ラナンキュラスもまるで動じていない様子だった。


「ウェズンさん。それは――、ボクが勝ったら質問に答えてくれると解釈していいのかしら?」


「構いません。あなたに勝てれば私は名実共に『最強』。魔法使いすべての『一番』になることができる!」


 ウェズンはスティックの先をラナンキュラスに向け、すでに臨戦態勢に入っていた。一方のラナンキュラスもゆっくりとした所作で、背負っていた杖を構える。

 2人の姿を交互に見ながら頭を抱える仕草をするカレン。この展開をどうして予測できなかったかと自分を責めているようだ。そして――、ラナンキュラスは好戦的ではないが、仕掛けてくる相手には決して容赦しない。



「カレン、離れてて。ズルをした後輩にちょっとお仕置きが必要そうだから」


「あらあらぁ……、『お仕置き』なんて、言ってくれる」


「あらあら……?」


「「……」」


 2人はたまたま似た口癖を言って、少しの間無言になった。



「――様式に乗っ取り、名乗らせていただきます! セントラル所属、ウェズン・アプリコット、参りますわ!」


「無所属……、ラナンキュラス・ローゼンバーグ。受けて立ちましょう」



「ラナ! それにウェズンちゃんも! あんまり無茶しないでくれよ!」



 カレンは慌てて2人との距離を取りながら大声で叫んだ。ラナンキュラスが本気を出せば、どれほどのものになるか彼女はよく理解している。そして、対戦相手はと言われる魔法使い。下手に巻き込まれたら、ただでは済まない!



◇◇◇



 頭部を切断されたポラリスの遺体は血だまりをつくっていた。そこに躊躇いもなく、足を踏み入れてゆっくりとオージェとアリーの元へ近付くシャネイラ。


「サーペントが寄越した手練れは2人ですか、本当になめられたものですね」


 サーペントのふたりはシャネイラの言葉を意外に思っていた。なぜならここに潜んでいる者は自分たち含めて4人。残り2名は雇われの殺し屋ではあるが、シャネイラがそれに気付いていないのは好都合だと思っていた。


 雇われ2人は、オージェたちとは真逆の方向に姿を隠している。このままシャネイラが向かってくれば、背後をとれるわけだ。


「オージェとやらはたしか、先日カレンが世話になったようですね? あの子と戦って無事で帰っただけでも大したもの、と言いたいところですが――」



「サンダーボルト」



 射程に入ったと見たアリーは雷撃をシャネイラに向けて放つ。シャネイラは結界を張るでもなく、身体を捻ってそれを躱した。

 回避の動きに合わせるようにオージェは鉄甲を構えて踏み込んだ。シャネイラは剣を引き、迎え討つ構えを見せる。


『――背後をとった! いける!』


 オージェの動きは、あくまで自分にシャネイラの目を集中させること。背後から2人の男が時間差で斬りかかろうとしていた。



 しかし――。



 シャネイラの剣は明らかにオージェを間合いに入れる前に空を切った。彼女の周りに円を描くような大きな斬撃。だが、オージェはその斬撃を紙一重で躱していた。


『おかしい!? 奴の剣がこんなところまで届くはずは――』


 次の瞬間、シャネイラの背後で大きな血しぶきが2つあがる。彼女が気付いていないと思われた殺し屋の男たちはほぼ同時に首を斬り落とされたのだった。

 後ろに潜んでいた男たちもシャネイラの間合いに踏み込むほど近付いてはいなかった。この不可解な攻撃を、アリーはシャネイラの剣先を見て理解する。


「氷の刃、剣を振る直前、きっ先に生成……」


「ヒヒ……、氷の刃で間合いを延長したのか。それにしても後ろの2人にも気付いていたとは――」


 シャネイラの一閃により、残されたのはオージェとアリーの2人となった。先ほど、彼女が「2人」と言ったのは後ろの2人を誘い出すための罠だったのか? オージェはそう考えた。



「オージェ、この女、私たちだけ、後ろ見ていない」



 アリーが言うように、シャネイラは2人の男を剣で斬ったにもかかわらず一度も振り返っていない。


 そう――、シャネイラはここに眼前の2人含めて4人の人間がいると最初から気付いていた。しかし、背後の2人を「戦力」とはみなしていない。彼女にとってはいてもいなくても同じ。人数として数えるに値しない存在だったのだ。


 ポラリスを斬っても、さらに2人の男を斬ってもシャネイラの表情は変わらない。それは冷酷な無の表情でも、狂気に歪んだ笑みでもない。

 ただただ、街中を歩く時、ギルドの者たちと言葉を交わす時と同じような「日常」のシャネイラの顔をしているのだ。ただ、その顔は鮮血に染められていた。

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