第159話 意志を示すもの

「嘘……、あぁ、嘘か。エリクシルについてひとりで調べていたり……、どうやらスピカさんは僕が思っていたような間抜けな子ではなかったようだね?」


 スピカは口角をかすかに上げた笑顔に見える。しかし、目の奥にはたしかに怒りの炎が宿っているかのようだった。


「アナタがアトリアにやったこと、アタシは絶対に許しません。ですが、残念ながら裁くのはアタシじゃない。『エリクシル』は学校はおろか、国の法律にて固く禁じられています」


 スピカの発言を聞いて、先ほどまで表情を歪ませていたシリウスが今度は軽い笑みを浮かべた。


「スピカさん、僕から自白を引き出して――、君はこれからどうするつもりだい? ここの教員たちにでも告げ口するつもりかな?」


「もちろんです。一緒に先生のところへ行きましょう。アタシだって、アナタを地面に叩きつけて這いつくばらせたい気持ちを必死に抑えているんです」


 シリウスは少しの間、下を見つめた後、その視線をスピカへと向けた。彼の顔付きは真剣そのものだった。


「――どうしてわからないかな? たしかに今『エリクシル』は法律にて禁止されている。だけどね、今後改良が進めば、毒性もなく魔法使いの力を引き上げる『神の妙薬』になるかもしれないんだ。そのために、多少の被験者は必要だ」



「それがアトリアだったと言うんですか!? それにウェズンさんも――」


 

 スピカが、喉の渇きを発端にエリクシルへと辿り着いたのは、ウェズンの反応があったがゆえ。すなわち、彼女もエリクシルにかかわっていると考えるのが自然であり、それを裏付けるようにウェズンは以前から度々、体調不良を訴えている学生でもあった。


「はは、なるほど。ウェズンのことにも気付いているのか。ただし、彼女については誤解だよ? たしかにウェズンがまだ1年の時、魔力の成長に悩む彼女にクスリを渡した。けどね……、彼女は自分が危険な薬品に手を出していると理解したうえで、その被検体になると言ってくれたんだ」


 この話はスピカも予想外だった。てっきりウェズンもアトリアも、なにも知らないままシリウスに利用されているのだと思っていたからだ。


「彼女は理解のある子だよ? クスリの改良が将来の魔法使いのため、とわかってくれている。ただ、自分が被験者になる代わりに他の学生にはサンプルを渡すなとうるさいけどね? 君たちにポーションを配った時もずいぶんと絡んできたものだよ?」



 ウェズンの意図がスピカにはわからなかった。彼女の魔力がエリクシルによって底上げされていたものなら、それが露見することを恐れていたのか?

 それとも、「力」を欲した彼女だが、クスリの魔の手から他の学生を守ろうとする意志があったのか?


 少なくとも、シリウスの言う『神の妙薬』を生み出すために盲目的な被験者になっていたとは、スピカには思えなかった。


「スピカさん、僕は魔法使いの今後の発展のために『神の妙薬』は必要だと思っている。そのために今、法に反する行いをしているのは理解しているさ。だけど、僕はこれを止めるつもりはない」


「――なにが言いたいんですか?」


 スピカは真っすぐに見つめてくるシリウスの視線を正面から受け止めていた。


「口封じのために君をどうこうするなんて現実的ではない。――だけどね、己が意志を示す意味での使は有効だと思っているよ」


 その言葉の後、明らかにシリウスの魔力が増し、臨戦態勢に入ったのがスピカに伝わった。


「言ったはずです。『地面に叩きつけて這いつくばらせたい気持ち』を抑えているって――。アナタがその気なら、アタシは手加減しません。アナタの意志をへし折るために、です!」


「スピカさんは3回生の中でもずいぶんと魔法使いみたいだけど……、甘くみないでもらいたいね? 4回生首席である僕のことを!」


 偶然なのか、予期してなのか――、第2演習場で話をしていた2人の周囲に戦いを遮るものはなにもなかった。

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