第158話 裏切り

「ポラリス、どうだ? やったのか!?」


 黒頭巾の男は、隣りにやって来たポラリスに話しかけていた。


「急所は外してしまいました。でも、それなりに深く刺した手応えはありましたよぉ」


 彼女の手には血に染まったナイフが握られている。


「ヒヒ、まあ上出来だ。まさか本当にこんな簡単な手であの『不死鳥』を仕留められるとはな」



「油断禁物。動けないうちにとどめ、刺す」



 彼らの後ろからここに潜んでいた別の人間が姿を現す。淡い桜色の長い髪を2か所で結んだ、いわゆる「ツインテール」の女性。人形のような無機質な表情で、話し方もなにか機械仕掛けのようだった。


「――わかってるさ。『王国最強』がこの程度では終わらんことはな。だから、オレだけじゃなくお前までもが一緒なんだろう?」


 ツインテールの女は無言でこくんと頷いた。




 ポラリス・ワトソンは、セントラル魔法科学研究院の3回生。魔技師専攻で、今年編入してきた学生だ。これは偽りない事実。


 しかし、彼女にはもうひとつの顔があった。


 剣士ギルド「サーペント」に学生でありながら――、いや、学生であるからこそ雇われ『ある任務』を負っていた。彼女の役割はとても単純に学内の情報を外へ流すこと。


 サーペントは魔導書を盗み、国外で売買するといった「魔導書狩り」に関与している組織。ゆえに学校内の学生しか知りえないような情報を得るのに大きな価値を置いている。


 そのポラリスが偶然、ブレイヴ・ピラーのギルドマスター、シャネイラとかかわったことでサーペントの幹部間で別の思惑が浮上する。



『ポラリスを利用して、シャネイラを亡き者にできないか』



 正面からまともに戦っては勝ち目のない相手。しかし、さすがのシャネイラも学生相手なら隙を見せるのではないか? それが多少なりとも親しい間柄になっていれば尚更……。


 シャネイラが今日、セントラルで行われる魔法科学の研究発表に足を運ぶであろうことは予想されていた。

 ポラリスが魔導書狩りに襲われた。この事態をシャネイラの耳に入れる。現場には追跡可能な痕跡を残す……、一連のことはすべて仕組まれていた。


 そして、普段なら護衛を伴っているシャネイラが今日に限っては学内で1人だった。ここに関しては運がサーペントに味方したかのように見えた。


 だが、果たしてそれを「幸運」と呼べるのか……?



 黒頭巾の男がシャネイラに近付かんとしたとき、彼女は屈んだ姿勢から弾かれたように彼らの元へ踏み込んできた。


 神速の動きから、空気を薙ぎ払うように繰り出された刃。盗賊風の男と後から姿を見せた女は、咄嗟に後ろへ跳んで躱してみせた。

 しかし、同じ場所にいたポラリスはただの魔技師見習い。そんな身のこなしができようはずもなく――。


 「ひっ」と、短い悲鳴が聞こえたかと思った瞬間、彼女の頭部と胴体は切り離され、あたりに深紅の雨が降り注いだ。遅れて、重たい物体が地面に落下した音が響く。



「――やれやれ……、私としたことが。油断したものです」



 涼しい顔をしたシャネイラの顔は返り血に染まっている。先日まで言葉を交わしていた学生の首を斬った後とは思えない表情をしていた。


「あなたたちはたしか……、サーペント所属の戦士『オージェ』と魔法使いの『アリー』ですか。アルコンブリッジでのまもの討伐で見かけましたね?」


 黒頭巾を被った男、オージェとツインテールのアリーはお互いに顔を見合せた。たしかにアルコンブリッジの戦いではギルドから派遣され、参戦していた。

 しかし、シャネイラ相手に名乗った記憶はなく、オージェに関しては頭巾で顔の半分が隠れている。


「驚かなくてもよいでしょう? 何分昔から記憶力は良いものでして……。一度見聞きすれば、大抵の名前や顔、声は覚えてしまいます」



「オージェ、おかしい。あの女、腹の傷、血……、止まってる」


 アリーは機械のような感情の無い小さな声でオージェに話しかける。


「返り血でわからねえだけじゃないのか? ポラリスはたしかに『深く刺した』と言ってたが――」


 シャネイラの表情には怒りも悲しみもなかった。


 信頼していたであろう学生に裏切られ怪我をさせられた事実。さらにその者を自らの剣で斬り殺した現実。しかしながら、返り血で染まった彼女の顔は普段のそれとまるで変わりはない。



「サーペントに身を置くあなたたちが、この私に牙を剥くことがなにを意味するか、理解できぬわけではないでしょう?」



「オージェ、一緒にヤる、シャネイラ」

「ヒヒヒ、仕方ねえか。これでオレが『王国最強』になってしまうかもな?」


「教えてさし上げましょう。あなたたちが――、サーペントが敵に回した者がいかなる存在かを」

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