第155話 2つ

 ラナンキュラス不在の酒場「幸福の花」。普段ならお客が少ないながらも店を開けている昼間の時間帯、入口の扉には「close」の札がぶら下がっている。


 陽が傾く頃には、料理人のブルードが準備にやってくる。それまでの間、スガワラはひとり、食材の数や備品を確認しながらのんびりと過ごしていた。

 店内を掃除しながら彼は、先日ラグナ・ナイトレイから聞いた話を思い出していた。




「――ここから先の話は、私見を多く含んでおります。ひとつの考え、程度でお聞きください」


 魔法ギルド「知恵の結晶」のギルドマスター、ラグナはこう前置きをしてから語り始めた。


「お伝えしたい内容は3つ――、これはスガワラさんがこの世界、この国で生きていく上で知っておくべきことだと思ったがゆえにお話致します」


 ラグナの語り出しにスガワラは思わず息を呑んだ。



 彼の話の1つは目は、「魔法」についての国やギルドの考え方について。


「――アレクシア王国は、魔法によって発展した国と言っても過言ではありません。事実、魔法科学の水準は他国のそれを遥かに凌駕しています」


 スガワラは異世界へやって来てから他の国へ出掛けたことがない。そのため魔法使いが街中を闊歩しているこの国が異世界の「普通」だと思い込んでいた。しかし、ラグナの話からすると、どうやらそうでもないらしい。


「ただ――、それゆえにこの国は、『魔法』をより広めようとする者と独占しようとする者に大きく分かれている、と言えます」


 魔法に関する知識や技術を留めることにより、国の優位性を保とうとする考え方がひとつ。

 そして逆に、より外の世界へ広げていくことによって国や魔法そのものを発展させようとする考え方とが存在するようだ。


 ラグナの話では、今のアレクシアの政権は前者寄りの考えであり、魔法使いの他国派遣、マジックアイテムや魔導書の国外取引には大きな制限が設けてある。


 一方で、ラグナ自身は後者の考えが強く、「魔法」……、もしくは「魔法使い」をビジネスの材料と認識しているようだ。彼が魔法に無縁の人間でありながら、魔法ギルドの運営を始めた要因はここなのだろう。


「スガワラさんに、決して私の考えに賛同しろと言うつもりはありません。ですが、大きな潮流として知っておくべきだと思うのです。今後どういったかたちにしろ、あなたがこの世界でビジネスを続けていくのなら尚更ですね」



 ラグナは続けて2つ目を語り出す。それは、剣士ギルド「ブレイヴ・ピラー」と王国との関係だった。


「大きく分けて王国には2つの勢力があります。ブレイヴ・ピラーの力を味方に付けようとする者たちと、抑え込もうとする者たちです」


 この国に乱立しているギルドの多くは、有事の際に王国へ協力することを条件に、武力の保持を許されている。その中で、ブレイヴ・ピラーは間違いなく最大規模と言えた。


 当然、国の権力者は彼らの力を最大限利用しようと思っている。しかし、ブレイヴ・ピラーの勢力はその国の権力自体を脅かす存在になるのでは――、と恐れる者たちも存在するのだ。


「『ブレイヴ・ピラー』――、というよりは『シャネイラ・ヘニクス』を、というのが正確かもしれません。あの組織は彼女の存在無くしては、成立しえないでしょうから」


 「不死鳥」の異名をもつシャネイラ、一部の者からは「王国の亡霊」とも呼ばれている。数年遡ると、彼女の命を狙ったと思われる事件もあったそうだ。


「――これに関しては私も噂レベルでしか存じませんが、かつてはシャネイラ様への襲撃、暗殺未遂などなど……、いろいろあったようです。ことごとく返り討ちにされたようですが……」


 スガワラも、シャネイラが「王国最強」と呼ばれていることは知っている。ただ、それが果たしてどれほどの「力」なのか、彼はいまひとつ実感できないでいた。


「ただ……、今でも間違いなく『シャネイラ・ヘニクス』を消し去りたい者たちがこの国の、決して小さくない勢力として存在しているはずです」


 ラグナの話を聞いて、スガワラの脳裏にはシャネイラの、人間離れした美しい翠色の髪と整った顔立ちが浮かんでいた。

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