第153話 適応者

 セントラルの第一演習場、森林エリアのあたり……、先日3回生が演習を行った場所である。カレンとウェズン、そしてもう1人は人気ひとけのない場所を求めてここへやって来ていた。


「――それで、カレン様。私にお話というのは?」


 ウェズンの問い掛けに対してカレンはほんの少しの間、真上の――、空を見上げていた。どう切り出すか彼女なりに考えているのかもしれない。


 視界には澄んだ美しい青空が広がっている。


 ため息をつくように息を吐き出すと、カレンは意を決して話し始めた。



◇◇◇



 ――数日前。


「セントラルの学生に会いに行くの、よくマスターが許してくれましたねー?」


 カレンはリンカのいるギルドの医務室に顔を出していた。彼女の妹からの情報を詳しく聞きに来たようだ。


「シャネイラがなに考えてるかホントわかんないよ? 仮面があっても無くても『鉄仮面』だからねぇ」


「いいんじゃないですかー? カレンの意志を尊重ソンチョーしてくれてるんでしょう? マスターはああ見えて案外カレンに甘いですからねー」


「どうだかねぇ……、それで例の学生のこと、教えてくれるかい?」


 リンカはカレンに数枚の資料を手渡してから話し始めた。


「『ウェズン・アプリコット』、すっごい子みたいですよ? 噂ではあの『ローゼンバーグの再来』とか言われちゃってるみたいで」


「ははっ、本当にラナみたいな魔法使いだったらびっくりだねぇ?」


「魔法の技量はとんでもない子だけど、病欠もかなり多いんだとか。ただ、うちの妹が診断したのは今回が初めて。今まではお休みのとき、寮の部屋に引き籠ってたみたいですよー」


 カレンはその「ウェズン」にエリクシルについてどう伝えるかを悩んでいた。禁止薬物に手を染めていたと知れば、それなりにショックを受けるだろう。アトリアがそうであったように……。



「カレンのことだから、どうせド直球に聞いちゃうつもりでしょ? だから、念のため忠告をしといてあげまーす」


「忠告……? なんの?」


 カレンは小首を傾げながらリンカに問い掛ける。


「チャトラちゃんの場合、妙な薬を使ってる自覚はあったけど、『エリクシル』なんてヤバい薬物とは知らなかった。でも、このウェズンって子が同じとは限りませんよー?」


「まさか禁止薬物とわかって使ってるってかい? 身体がぶっ壊される代物だよ?」


 カレンの反応にリンカは珍しく真剣な顔をして語りだした。


「カレンはホントの『ヤバさ』がわかってませんねー。まぁ、よく聞いてくださいな? エリクシルはね……、稀に『適応者』が現れるんです。そこが厄介なところ」



 リンカは回復魔法を扱うとともに、治療にかかわる薬品の知識にも極めて長けている。エリクシルについても人一倍詳しいようだ。


 彼女曰く、エリクシルを摂取した人間は大きく2つのパターンに分かれるそうだ。


「1つはチャトラちゃんみたいな感じかな? 頻繁に喉の異常な渇きを訴えるようになる。水をがばがば飲んだり、エリクシルの追加摂取で症状は改善する。けど……、ここでを飲んじゃったら次の渇きはさらに増すから後戻りできなくなるわけよ?」


 リンカはこれに付け加えて、一時的ではあるが魔力の増幅や精霊との親和性の上昇といった作用があると言った。



「でもね、こっちの症状ははっきり言ってな方なんですよ? ヤッバいのはもう1つの方――」


 エリクシルを摂取しても、喉の渇きといった身体の不調が頻発しないケースもある。時々、発作的な症状が出ることはあるものの、日常生活に支障をきたすレベルにはならないそうだ。


「こっちの厄介なところはねー、魔力の増幅が前者の症状のより遥かに大きくなるんですよ。それでいて、身体に対して異常が出ないもんだから、クスリに適応した、なんて勘違いするバカが湧いてしまうのよね?」


 ――ゆえに、「適応者」などという言い方をするのだろう。


「後者の方は、単に免疫が強いというか……、軽い症状を抑え込んでしまう体質が原因みたいなんですよー。ただし、『抑え込んでる』だけなんで、それが一定ラインを超えると一気に爆発します。最悪――、いきなり死んだりしますねー」



 リンカはいつもと変わらない間延びした口調で話している。だが、彼女の語る「死」はそれなりの重みがあった。


「エリクシルってようは魔法使いがするためのクスリなんですよ? だから『適応』したって思い込んでるバカほど隠そうとするんですよね?」


 カレンはここまで話を聞いてようやくリンカの言いたいことが理解できた。正攻法で問い詰めても、エリクシルを使っていると理解した上で隠す人間もいるのだ。



「――そんなこんなでエリクシルはヤバ過ぎるんで、あれに手を染めてると知れたら、魔法使いとしては生きていけないくらいに法整備もされちゃってます。チャトラちゃんはうまいこと治療して、なかったことにしちゃいますけどね?」


 リンカの最後の言葉にカレンはほっと肩を撫で下ろす。そして、彼女に礼を言って部屋を出ようとした。しかし、その背中に改めてリンカが声をかける。


「私の忠告ちゃんと伝わってる? 気を付けなさいよ?」


「気を付ける……? なにを?」


 リンカはこれでもかというほどの大きなため息をついて、首を左右に振った。


「いーですか、カレン? エリクシルについて気取られたくない魔法使いは……、実力で口封じにくるかもしれないってことですよ? 噂の『ローゼンバーグの再来ちゃん』がね?」


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