◇間奏17

「おかえりなさい、スガさん」


 夕刻、お店を開けるにはまだ少し早い時間にスガワラは魔法ギルド「知恵の結晶」から酒場へ戻ってきた。

 店の中はブルードが開店に向けた仕込みを進めており、厨房からスープの香りと熱気が漂ってきている。


 スガワラはエプロンを手にとり、店の準備を手伝おうとした。


「お疲れではありませんか? 休んでもらっても構いませんよ?」


「大丈夫です。長話をしていただけですから――」

「スガさんは隠し事が下手なんですよ、お顔にすぐ出てしまいますからね?」


 ラナンキュラスにそう言われ、ハッとして無意味に頬のあたりを触るスガワラ。そして、数秒遅れて彼女の言葉の真意に気付くのだった。


「――ほら? やっぱり隠し事が下手でしょう?」

「……ラナさんには敵いません。――ですが、少し難しい話を聞いて考え事をしていただけです。ご心配には及びませんよ?」


「そうですか……、スガさんがそう言うなら信じます」


「ラナさんに相談したいこともあるのですが……、ちょっと私の頭でまとまっていないんです。きちんと整理してからお話します」


 スガワラの返事にラナンキュラスはにこりと笑い、表情だけで応える。




 知恵の結晶のギルドマスター、ラグナ・ナイトレイはスガワラと同じく転移者だった。この世界で過ごした時間でいうなら「転移の大先輩」だ。


 スガワラは彼から驚くべき話をされていた。



 『ギルドマスターになってみませんか?』



 耳を疑うようなこの提案。あまりに突拍子もない話にスガワラはどこから質問していいかわからなかった。

 当然、ラグナもそれは理解しているようで、結論を先に述べた後、中身を埋めるように彼は話を続けた。


 まず彼の言う「ギルド」は、知恵の結晶とブレイヴ・ピラーが協力して設立する連立ギルドにあたる。あくまで計画段階であり、その組織はまだ存在していない。



 この計画は、王国で進められている「ある法案」と深いかかわりがあるようだ。それはギルドの所属人員に応じて税率を大きく引き上げるといったもの。


 元々は、法案が成立すれば圧倒的な人数規模を誇るブレイヴ・ピラーがすぐに影響を受ける内容だった。しかし、賢狼グロイツェルとラグナを筆頭としたギルド代表の働きかけによって、法案の設定する人数の引き上げに成功する。


 これによって法案が通った直後に影響を受けるギルドは無くなった。だが、これはあくまでも猶予期間を得たにすぎない。

 グロイツェルとラグナは次の一手として、「連立ギルド」の構想を打ち立てた。ようは、人数規模に対して税率がはね上がるのであれば、信頼のおける別組織を立てて、そちらに人を移してしまおう、といった具合だ。


 実際に多くの人員を動かす、というよりは、如何様にも対処できる、と王国を牽制する狙いが強いのだろう。


 ラグナはこの話を、「日本にいた時に、税金対策で会社の中に別名義の子会社を設立する話を聞いたことありませんか? ようはそういうことです」とスガワラに説明した。



 そして本題はここから。この連立ギルドの責任者にラグナはスガワラを推薦している。どうやら彼は、先回りしてこの話をすでにグロイツェルへ提案しているようだ。

 偶然にもグロイツェルとスガワラも互いを知った関係にある。ラグナの話を聞いた際、グロイツェルは肯定も否定もせずに少しの間をおいてこう言ったという。


 「おもしろい」と――。



 もちろんラグナは解答を急がなかった。ただ、この連立ギルドを税金対策だけの「張り子」にするつもりはないらしい。


「スガワラさんの務める酒場では、フリーの冒険家に向けた仕事の斡旋を行っておられますね? ある意味、依頼の受け皿はすでにできあがっているのです」


 さらに彼はこう続けた。


「もし、あなたがギルドマスターとなって、あの『ローゼンバーグ卿』を引き込むことができれば規模にかかわらず、強力なギルドとなるはずです」


 スガワラはこれに異議を唱えた。ギルドマスター推薦の真の狙いが、ラナンキュラスを引き入れることにあると考えたからだ。



 しかし、ラグナはこれを否定する。


「『ローゼンバーグ卿』に関しては仮の話です。もちろんブレイヴ・ピラーと知恵の結晶、両ギルドの影響を大きく受けるでしょうが、あくまで下部組織ではなく、独立した別組織だと考えてもらいたい」



 ここまで言った後、ラグナは腕組みをして少しの間なにか考え事をするように視線を上に向けた。そして、意を決したように視線をスガワラに戻すと真剣な表情で話し始めた。


「――合わせて、今ローゼンバーグ卿のもっとも近くにいるあなたがゆえに、伝えておきたいことがあります。ここから先の話は、私見を多く含んでおります。ひとつの考え、程度でお聞きください」

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