第150話 外と中の2人

 セントラル校内の講義室、先ほどまで風紀委員会の会議が行われていた。少し前に話し合いは終わり、橙色の日が射し込む部屋の席をウェズンが整えている。そこにもうひとり、委員長シリウスの姿もあった。



「ウェズン、なにか話があるんだろう? あまり待たせないでもらえるかな?」



 綺麗に整頓された机と椅子を眺め、一息ついたウェズン。その視線をシリウスへ向けて口を開いた。


「――シリウス先輩、以前に一度注意したはずです。例の『』、不用意に人に配らないようにと」


 いつも笑顔でいるウェズンだが、今この瞬間の表情は怒りがにじみ出ているようだった。


「ああ、前にアトリアさんとスピカさん……だったかな、彼女たちに渡した時、ずいぶん君から怒られた。今は注意しているよ?」


「嘘おっしゃい? アトリアさん、中毒症状が出ているみたいなの。知らないとは言わせないわ」


 ウェズンの剣幕に一瞬、気圧されたように見えたシリウス。しかし、次の瞬間にはいつもの余裕ある笑みを称えながら話始めた。


「仕方ないだろう? 彼女の方が欲しがってくるんだ? 僕としては被験体が多いのに越したことはないからね」


 まったく悪びれる様子のないシリウスを見て、ウェズンは大きくため息をついた。


「あまり目立つのはよくないと思うの。見つかれば退学だけでは済まないと思いますわよ?」


「クスリに染まった人間が洩らすことはないだろう? 君がそうであるように――。退学で済まないのもだからね」


 ウェズンはシリウスの顔を睨みつけた。しかし、彼の表情から余裕の笑みは消えない。


「私とアトリアさんを一緒にしないでほしいの。少なくとも――、彼女に『クスリ』を欲する意志があったとは思えないもの。きっとなにも気付かず、中毒性にあてられてるだけ。そして、私とあなたはたまたま利害が一致しただけ。いずれにしろ、私をシリウス先輩のお仲間みたいな言い方するのはやめてもらいたいの」


 ウェズンの話を聞いて、シリウスはふっと息を吐き出した。


「悪かったよ、ウェズン? 君の協力には本当に感謝している。これからはもっと慎重に行動するさ」


 ウェズンは彼の言葉に答えず、会議室を出て行こうとした。しかし、シリウスとすれ違いざまに小さな声でこう告げた。


「――油断していると、誰かに足元すくわれますわよ?」



◆◆◆



「シャネイラ! チャトラにエリクシルを渡した奴はわかってるんだ? さっさと捕まえて衛兵に突き出すか――、なんならこっちで締め上げてやってもいいんじゃないかい!?」


 悪魔のクスリ、「エリクシル」について有力な情報を掴んだカレンは、シャネイラに詰め寄っている。しかし、シャネイラはカレンの提案に決して頷こうとはしなかった。


「落ち着きない、カレン。その学生ひとりを捕らえたところで、尻尾を切られるのは目に見えています」


「気付くのが遅かったらチャトラは取り返しのつかないことになっていたかもしれないんだ。リンカの話だと、怪しい症状の生徒が他にもいるんだろう?」



 アトリアの症状は幸い重症ではなかった。しかし、エリクシルの依存状態から完全に抜け出すには相応の措置が必要のようだ。

 ブレイヴ・ピラーを通じて専門の医療機関で治療を受けられるようリンカが手配をしてくれている。


「エリクシルとサーペントの関わりを暴くため、今しばらく泳がせておくのが得策です。セントラルへの連絡も信頼できる教員までに留めておくべきでしょう。こちらの動きが察知されれば逆効果になりかねませんから」


 シャネイラの言葉はあくまで事務的、感情を帯びていなかった。それが余計にカレンを苛立たせている。しかし、カレンがいくら言葉を荒げようともシャネイラの反応は変わらない。


「カレン。アトリアの治療はあなたの意思を尊重し、こちらも手を回します。ですが、エリクシルの調査については、私の意向に従いなさい。それが組織の在り方です」


 カレンは歯噛みするも言い返せないでいた。


「リンカの話だと……、エリクシル摂取の疑いある子は、先日セントラルの寮で私らが会った子のひとりみたいじゃないか?」


「『ウェズン・アプリコット』――、賑やかな学生たちを鎮めてくれた女の子ですね。3回生の寮長を務めているようです」


「その子が取り返しのつかないことになる前に手を打つべきだ。ヤバいとわかってるのに傍観なんて私にはできないよ?」


 カレンはそう言い残すと、シャネイラの返事を待たずに部屋を出て行った。荒っぽく閉じられた扉を見つめながら彼女はひとり呟く。


「ならば、カレンなりのやり方を……、この私に示して見なさい」

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