第149話 エリクシル
東の酒場「オデッセイ」に忍ぶミラージュからカレンへと伝ってきた情報に気になる内容があった。それは、悪魔のクスリ「エリクシル」が改良されようとしていること。さらに、セントラルの学生と思しき人間がこの件に関わっている、といったものだ。
これを掴んだカレンは、アトリアに剣術指南の予定をとりつけつつ、彼女からそれとなく情報を聞き出していた。
アトリアを選んだ理由は2つ。
1つは偶然彼女と知り合いになったことで、単純に話をしやすい間柄になっていたゆえ。しかし、もう1つ――、大きな理由があった。
それはアトリアが剣士の養成所で訓練を受けていること。そこの最寄り駅は偶然にも酒場オデッセイと同じだった。
ゆえに、カレンはアトリアから「養成所への行き来でセントラルの学生を見かけたことはないか」と尋ねていた。
カレンと同時に、リンカも別の方法で情報収集を行っていた。エリクシルを服用すると異常な喉の渇きを訴える、といった報告が過去に上がっている。
これは初期症状であり、水などで喉を潤せば解消される。しかし、薬の常用を続けると同じ薬の服用――、すなわちエリクシルを体に取り込まないと治まらなくなってしまうのだ。
こうした症状の学生がセントラルにいないか、リンカは学内に務める妹の「リンデ」に連絡をとって、知らせを受けるようにしていた。
カレンもエリクシルの初期症状の話は聞いている。しかし、まさか自分が情報の聞き取りをしている張本人にその症状が現れるとは思っていなかった。
アトリアはブレイヴ・ピラー医務室のベッドで横になり、注射器で微量の血を抜かれていた。リンカは、隣りに立つカレンが睨みを利かせる中、少量の血を眺めながらため息をついている。隙あらば少し多めに血を抜いたり――、と考えていたのかもしれない。
アトリアの口ぶりから、彼女は自身の体に現れている異常に気付いてはいる。しかし、それがなにを意味するかは理解できていないようだ。
「……ある日から異常に喉が渇くようになって、おかしいとは思っていました。そして、学校の先輩からいただいたポーションを飲むと渇きが癒えることにも気付きました」
彼女は横になったままゆっくりと話始めた。ポーションを飲むと渇きが癒える。しかし、後により強い渇きがアトリアを襲ったという。彼女はそもそもの原因がそのポーションにあると理解はしているようだ。
アトリアにそれを渡した先輩は、彼女が欲すれば喜んで追加を譲ってくれた。
「チャトラくらい頭のある子なら、そのポーションがおかしいって気付いてただろう? やめるなり誰かに相談するなりできなかったのかい?」
カレンの問い掛けに黙り込むアトリア。しかし、少しの間をおいて口を開いた。
「……調子が、よかったんです」
「――えっ?」
「……ポーションを接種した後、明らかに魔力が上がっていることに気付きました。一時的ではありましたが、確実な効果を実感できていたんです」
カレンはそれを聞いて大きくため息をついた。そもそも「エリクシル」とはそう言った薬だ。
「――カレン、チャトラちゃん? 残念ですけど『当たり』ですよ?」
リンカは試験管に入った血を見せながらそう言った。不思議とその色は血の赤ではなく、青色に染まっている。
「エリクシルの成分に反応して色を変える溶液があるんですよ? ホント残念だけどしっかり染まっちゃってますねー?」
カレンはゆっくりと諭すように、悪魔のクスリ「エリクシル」についてアトリアに説明する。アトリアはそれを聞いて最初は無表情でいたが、次第に目から涙が溢れ出していた。
「……私、バカみたい。まさか禁止薬物に手を染めていたなんて。本当にどうかしてる」
なんと言葉をかけてあげればいいのか、カレンは一瞬戸惑った。その隙間を埋めるようにリンカが口を開く。
「少なくとももう1人……、エリクシルに染められてる子がいそうなんですよね? うちの妹が危なそうな子がいるって連絡くれましたから」
「――チャトラ、そのポーションをくれた奴のこと教えてくれるかい?」
アトリアは天井を見つめ、虚ろな目のままカレンの質問に答えた。
「……以前に、写し紙でお伝えした人です。4回生の、シリウス・ファリド先輩」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます