第148話 なにか なにも

 ブレイヴ・ピラー本部を訪れたカレンとアトリア。右を見ても左を見ても屈強な男たちの姿が目に入る。アトリアはカレンとくっつくようにして歩いていた。

 カレンは通路を真ん中を堂々と歩いていき、すれ違う者たちは皆揃って頭を下げている。アトリアは改めて、金獅子カレン・リオンハートがいかなる人物かを理解するのだった。


 装飾の少ないテーブルと椅子だけが並んだ小さな部屋に案内されたアトリア。カレンは少しの間そこで待つように伝えて、部屋を出ていく。ひとり残されたアトリアは、カレンの言った「渡したいもの」について考えていた。


『……カレン様から私に? 心当たりがまったくない。なにか修練に使う道具でもいただけるのだろうか?』



 一時して、部屋の扉がノックされカレンともう1人――、アトリアにとっては初対面の女性が入ってくる。


「はいはーい、どうも。ちゃんでいいんでしたっけ? 私はリンカっていいまーす。よろしくねー?」


 アトリアはいきなり「チャトラ」と呼ばれて少し困惑する。ボタンをいくつも外しただらしない恰好をしている金髪の女性。ただ、不思議と似た顔立ちの人をどこかで見かけたような気もしていた。

 視界に飛び込んでくる胸元は同性の彼女でも思わず照れてしまうくらいだ。


 独特の間延びした話し方をするこの「リンカ」がどうしてここに現れたのか、アトリアにはわからず、目でカレンに訴えかける。


「悪いね、チャトラ? 騙すつもりはなかったんだけど、素直に言っても断られると思ってさ――」


「……騙すとか、断るとか、申し訳ありませんがカレン様、私には一体なんの話か――」


「チャトラの血を調べさせてほしい」


 カレンはアトリアの顔を真っ直ぐに見つめ、断言するようにそう言った。


「……私の血、ですか?」


「ぐへへ……、ちょっーと検査するだけだから。こんな若くておいしそうな血がほしいとかまったく思っていませんから。うひひひ――、あたっ!?」


 リンカが不気味な声でぶつぶつ言ってるところにカレンのげんこつが降ってきた。ゴツンと鈍い音がして、その場にしゃがみ込むリンカ。


「気色悪いこと言ってんじゃないよ? あんたの気持ち悪い趣味に付き合うつもりなんてさらさらないからねぇ。チャトラが怖がるだろうが?」


 カレンとリンカ、2人のやりとりの意味がわからず、さらに困惑するアトリア。カレンは一度咳ばらいをして、場の空気を改めてから話を続けた。彼女は拳をリンカの頭の上に置いて、ぐりぐりと押し付けている。


「なにもなければそれでいい。それが一番いいんだ。だけど――、私の目を見て『なにもない』と言い切れるかい、チャトラ?」


 リンカとのやりとりは一見すると悪ふざけに見えるが、カレンの言葉と視線は至って真剣だった。アトリアは無言のまま、服の胸元を小さく掴んでいる。


「……私も、わかりません。ですが、きっと『なにかある』のだと思います」

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