第147話 おいしい水?

「悪いね、ラナ? なんか長居してしまって……」


 カレンとアトリアの2人は酒場「幸福の花」で軽食をとっていた。カレンは今就いている任務の都合から夜の来店が減っている。そのため、ラナンキュラスとの話がいつも以上に弾んでしまったようだ。


 アトリアは、カレンにも勧められ無理を承知で、ラナンキュラスに魔法の指導をしてもらえないか尋ねてみた。

 これに対してラナンキュラスはあっさりと了承する。どうやら彼女は彼女で、魔法の練習相手を探していたようだ。


「でも、ボクは『教える』ことについては素人です。ご期待に添えるかはわかりませんよ?」



 アトリアはあまり表情を変えず彼女に何度もお礼を言っていた。そして、内心では心が躍り、感情が湧きたつのを抑えるのに必死のようだ。


『……あの、伝説のローゼンバーグ卿に魔法を見てもらえるなんて。きっと、これでなにかを変えられるはず。いいえ、変わらなければいけない。もっと、もっともっと成長しないと――』


 決意を胸に秘めながら、この貴重な機会を最大限活かすにはどうしたらいいかを考え込むアトリア。体が欲しているのか、無意識に水差しの水を何度も汲んでは飲んでいた。


「今日は暑いですからね、アトリアさんはとっても喉が渇いたようですね?」


「……あっ、いいえ。その――、レモンを切って漬けているのですね? 爽やかな味でつい飲み過ぎてしまいました」


 何事もないように話すアトリアだが、その様子を隣りのカレンは怪訝な表情で見つめている。ラナンキュラスはカレンの視線に気付いたようだが、特になにも言わなかった。



「よしっ! これ以上いると仕込みの邪魔になってしまいそうだからねぇ。そろそろ出ようか、チャトラ?」


「……はっ、はい。ラナンキュラス様、ありがとうございました。また、立ち寄らせていただきます」


「ええ、是非またいらしてください。ボクも魔法をしっかり教えられるよう勉強しておきますね?」


 カレンが先に店の扉をくぐり、アトリアは振り返ってラナンキュラスに深々と頭を下げてからカレンの背を追っていく。その様子を心配そうな顔でラナンキュラスは見つめていた。



 最寄りの駅へ向かって歩いて行くカレンとアトリア。アトリアはやはり水の飲み過ぎなのか、左手で軽くお腹のあたりをさすっている。


「チャトラさぁ? ちょっと悪いんだけど、この後うちのギルド本部まで付き合ってくれないかい?」


「……ブレイヴ・ピラーの、ですか? 私は構いませんが、どういった――」


「渡したいものがあるんだよ? 持ってくるの忘れちゃってさ」


「……渡したいもの、一体なんでしょう?」


「それは、本部に着いてからのお楽しみってことでよろしく」


 カレンはアトリアにウインクをするとそのまま前を向いて進んでいった。アトリアもその後ろを追って歩いて行く。

 こうして2人は路面電車に乗り込み、ブレイブ・ピラー本部のある城下町の中央へと向かっていった。

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