第145話 ラグナという男

 城下町の東、巨大な三角屋根がシンボルの魔法ギルド「知恵の結晶」の本部をスガワラは訪れていた。


「アレンビーさん、わざわざお迎えに来ていただいて恐れ入ります」


「いいえ、構いませんよ? ラナ様のご友人の方ですもの。失礼があったら困りますから」


 ギルドの応接室に案内されたスガワラ。アレンビーの価値観はどうやら、ラナンキュラスとの関係性によって大きく左右されるようだ。


「マスター・ラグナもすぐに来ると思います。それまでくつろいでいてください」


 アレンビーはスガワラに深々と頭を下げると、部屋の扉を音を立てないようゆっくりと閉めていった。この瞬間は、魔法使いの彼女ではなく、ギルドの案内役に徹しているようだ。



 スガワラはソファに腰をかけ、正面の壁に飾られた大きな絵を見つめていた。真っ白な服に身を包んだ美しい女性と、彼女にこうべを垂れる人々の絵。彼は漠然とその絵に宗教的な雰囲気を感じ取る。

 絵の額縁の下になにか書かれていて、目を凝らすとかろうじで「聖女」と読み取れた。



 扉が開く気配を察したスガワラはソファから立ち上がり、ゆっくりと開かれていくその隙間を見つめる。

 現れたのは、40代半ばくらいの男性。短く整えられた髪は白と黒が均等に混在しているかのようだ。



「突然のお呼び立てして申し訳ございません。そして、足をお運びいただき感謝致します。はじめまして、『知恵の結晶』ギルド・マスターを務めます、ラグナ・ナイトレイと申します」


 ラグナは笑顔を称えてスガワラに歩みより、握手を求めてきた。その手を固く握ってスガワラも答える。


「こちらこそお招きいただきありがとうございます。お初にお目にかかります、スガワラ・ユタカと申します」


 お互いに笑顔で視線を合わせたふたり、ラグナに促されてスガワラは再びソファに座り、続いてその正面にラグナも腰を下ろした。


「――スガワラ・ユタカさん、この部屋には私が許可を出すまで誰も近付かないよう伝えてあります。ですので……、遠慮なくお話を致しましょう。まずは、あなたがもっとも気にしているであろう答えを申し上げます」


 ラグナは、スガワラがなにか尋ねる前に勝手に話を進めていった。わずかに躊躇したスガワラを他所に彼はいきなり「本題」に触れる。


「元は『名倉なぐら』と言いました。生まれた国は『日本』、きっとあなたと一緒でしょう。こちらの世界で籍を入れ、婿養子となりまして今は『ナイトレイ家』の人間として生きております」



 隠す気配や探りを入れる気配などまったくなく、ラグナは自身の素性について話始めた。


「……ラグナさん、まさかこちらの世界で同じ『日本人』に会えるなんて、思ってもみませんでしたよ」


 スガワラはこのとき、あえて大袈裟な反応をして見せていた。


 本当はラグナの話を聞く前からある程度察しはついていた。それに、彼はこちらの世界で会う「転移者」の1人目ではない。ゆえにスガワラの驚きは微々たるもの。しかし、この「ラグナ・ナイトレイ」について知らな過ぎる彼は、目の前の男が信用できる人間とわかるまではなるべく情報を出さないつもりでいた。



 一方のラグナは、自分がに転移してから今日に至るまでの話を訊かれるまでもなく語り始めた。


 その話を聞きながらスガワラは理解する。ラグナ・ナイトレイは、スガワラが思っている以上に自分についてよく知っているのだ。

 わかりやす過ぎる名前ゆえか、仕事の関係から噂が届いたのか……、彼はスガワラについて十分に調べ上げて、今日この場に招いているのだ。

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