第144話 アトリアの休日

 今日はカレン様から2度目の剣術指南を受けた。先日一緒だった「サージェさん」は今回いない。

 カレン様にセントラルがお休みの期間に入ったと話したら、部隊の実戦訓練に参加させていいかシャネイラ様に相談してくれると仰ってくれた。



「先に言っておくけど約束はできないよ? シャネイラは放任も多いけど、締めるところはきっちり締めるタイプだからねぇ?」


「……承知しております。たとえ叶わなくても、カレン様が相談を持ちかけてくれるその気持ちだけでも私は嬉しいのです」


「まったく……、照れくさい台詞を堂々と言ってくれるねぇ」



 今は修行の帰り、まだ陽が高い時間帯だ。カレン様がローゼンバーグ様のお店に立ち寄られると仰ったので同行している。


「――いっそ、休みの間はラナに魔法でも習ったらどうだい? あの子はあの子で最近、魔法の腕をまた磨き出したみたいだからねぇ」


「……あの伝説の『ローゼンバーグ卿』にですか!? 習うまでは無理でも、一度見てもらいたいとは思います。私がこの先、魔法使いとして成長するためになにが必要か、あの方ならなにか助言をくれるかもしれませんから」


「チャトラは真面目だからねぇ……。あんまり気負わないことだよ? 誰だって多少の浮き沈みはあるもんさ」


 私はセントラルの演習で、スピカとウェズンさんのペアに負けた話をしていた。カレン様に教わった「退魔剣」の力で、スピカとの1対1なら勝てていたかもしれない。けれど、スピカは先を見据えて重力魔法を最後まで温存していた。

 最初から私だけが相手ならきっと使ってきていただろう。それでも私は勝てただろうか?



「――戦術的な話なら多少の知恵はあるけどねぇ。魔法の扱い方に関しては専門外だから。それこそ『専門家』に相談するのが手っ取り早いよ? ほら、着いた」


 カレン様と言葉を交わしながら考えに耽っていると、いつの間にローゼンバーグ様の酒場に着いていた。



「やっほー、お邪魔するよ? ラナぁ」



 まるで自宅の扉のように入り口を開けてお店に入っていくカレン様。私はその背中についていった。


「あらあら、いらっしゃい、カレン。今日はアトリアさんもご一緒なのね?」


「……ごっ、ご無沙汰しております。ローゼンバーグ様!」


「チャトラは固いねぇ、適当に『ラナ』って呼んだらいいと思うよ?」


 カレン様は迷わずカウンター席に座り、隣りの椅子を少し引いて私も座るよう促した。


「ふふっ……、そうですね。堅苦しいのは苦手ですから『ラナ』で結構ですよ?」


 ローゼンバーグ様は私に微笑みかけながらそう言った。


「……しかし、魔法使いすべての憧れとも言える『ローゼンバーグ卿』をそのように呼ぶのは気が引けます。せめて、『ラナンキュラス様』と呼ばせてください」



「あれぇ? ラナさ、今日はスガはどっかに出掛けてるのかい?」


 カレン様が店内を見まわしながら大きな声で尋ねている。そういえば、先日たしか「スガワラさん」という、変わった名前のウエイターさんが働いていた。聞くところによると、彼はカレン様、ラナンキュラス様共通のご友人だそうだ。


「ええ、不思議なのですが……、少し前にアレンビーさんと『知恵の結晶』の使者の方がいらっしゃいまして――」


 ラナンキュラス様の話では、その「スガワラさん」をアレンビー先生と知恵の結晶の人が迎えに来たようだ。


「『知恵の結晶』にスガが……? なんだかピンとこないけど、また新しい仕事でも見つけてきたのかねぇ?」


「うーん、どうなんでしょうか?」



「……あの、ラナンキュラス様。お話中に申し訳ございません、お水を――、いただくことはできますでしょうか?」


「あらあら、ごめんなさい。ついカレンと話し込んでしまったわ! すぐに準備しますからね?」

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