第141話 自分で選んだ道

 セントラルの食堂は、学校が長期休暇に入ってもやっていました。いつもはとても賑やかなのですが、今はまばらにしか席は埋まっていません。あたしは適当に空きの席を見つけて昼食をとっていました。


 すると、あたしの前の席にアルヘナさんが飲み物だけを置いて座りました。彼は先日の、あたしの魔力が暴走してしまった件について謝りに来たようです。ですが、そもそもアルヘナさんは名前を使われただけであの時の学生たちとは関わりありません。



「スピカ・コン・トレイル、君はお休みの間も寮で過ごす予定なのですか?」


「はい! 少し寂しいですが、この機に城下町をいっぱい歩いたりしてみようと思っています!」


「そうですか。僕は今日の夕方にはネロスの家に戻る予定です。その前に一言お礼を言っておきたくて――。僕の研究に付き合ってくれてありがとうございました。君が良ければ……、後期の授業も力を貸してほしい」


「こちらこそです! アルヘナさんのおかげで風と重力の魔法の使い分けができるようになってきました!」


 アルヘナさんはあたしが食事の途中なのを気遣ってか、食べ終わるまでの少しの間黙っていました。

 あたしは彼ともお休み中、連絡を取れるように魔法の写し紙を数枚渡しました。



「――そういえば、ひとつだけアルヘナさんに質問してもいいですか?」



 彼とお話するようになってから、あたしにはひとつの疑問が浮かんでいました。そして、今がそれを尋ねるいい機会だと思いました。


「質問……? なんでしょうか?」


 アルヘナさんは、顔の半分を覆い隠す前髪を軽くかき上げてあたしを真っ直ぐに見つめてきました。


「その――、どうしてアルヘナさんは『編入生』なのかなって……」


 彼が魔法ギルド「やどりき」の幹部を代々務める名家「ネロス家」の人間と聞いた時、ふと疑問に思ったのです。そんな名家なら1年の時からセントラルに入学への進路を選びそうなものですが……?


「そうですね。君の言う通りで、家の人間からはセントラルの入学を最初に勧められていました。僕がそれを拒否したので、編入のかたちになったのです」


 アルヘナさんは、名家の生まれゆえにご家族が進路をすべて決めてしまい、魔法研究員としての英才教育を受けてきたようです。ですが、彼自身はそれに疑問をもっていたと話してくれました。


「――学校の選択やその後の進路含めて、自分で選ぶ余地がないのが我慢ならなかった。だから、一度は家に反発して、研究員ではなく『魔法使い』としての道を志したのです」


 彼は、家から勧められたセントラルへの進路を拒絶して、強引に別の魔法学校へと入学したそうです。


「ただ、自分で選んだ進路の先で思い知らされた。ネロス家の人間は僕が思っている以上に僕という人間を……、その才能を理解していた。魔法を『使う』という意味で僕の才能はさっぱりでした」


 アルヘナさんは早い段階で、自身の魔法使いとしての才覚に限界を感じたそうです。そして、自分が他人ひとより力を発揮できる分野は、魔法を「追究」することだと気付いたようです。


「――結局、親が最初に勧めたセントラルへ通うことが、僕の才能を活かすのにもっとも適した選択だったのです。自分で選んだ道も、ただ遠回りをするだけの結果に終わってしまいました」


「アルヘナさんは……、魔法の研究が嫌いですか?」


 彼はあたしの言葉を聞いて、すぐに首をふるふると横に振りました。


「いいえ、僕はなんでも決めてしまう親に反発したかっただけなのでしょう。今の魔法学の研究はとても有意義です」


「でしたら、それはアルヘナさんが一度、自分で道を選んだからそう思えるんですよ! ずっとお家の人に言われるままでしたがら、そう思えていないかもしれません! 全然遠回りじゃないですよ!」


 アルヘナさんはあたしの顔を見つめたまま、ぽかんと口を開けています。そして、少し俯いたかと思うと笑顔を向けてくれました。


「スピカ・コン・トレイル、家に戻る前に君と話しておいてよかった。実は家に帰るのが少し憂鬱だったのですが……、今の言葉でなにか吹っ切れたような気がします」


「あたしがお力になれたのならなによりです!」


「ありがとうございます。もし、僕が力になれそうなことがあれば、君も遠慮せず声をかけてほしいです」


 彼はそう言うと、席を立って一度頭を下げてからあたしに背を向けました。

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