第139話 お姉さん

 ブレイヴ・ピラー本部、最上階のシャネイラの部屋にノックの音が響いた。


「マスター! リンカです。開けますよー?」


 返事を待たずに扉を開けるリンカ。部屋の中には、珍しく鎧を脱ぎ、軽装でいるシャネイラの姿があった。一方で、リンカはいつも通りの白衣で、これまたいつも通り上のボタンを3つも開けて下着の一部が露出しただらしない恰好をしている。



「リンカ、いかがしましたか?」



 特に指示を待つわけでもなく、来客用のソファに腰をかけるリンカ。彼女はギルドマスターの前でもお構いなしに自由な振る舞いをしている。シャネイラも特にそれを咎める様子はなかった。


「えーっと、この前ミラージュからの情報をカレンが持ち帰ったじゃないですかー? あれ、多分当たりですよ?」


「ほう? ――詳しく話しなさい」


 シャネイラはリンカの正面に腰を下ろして話の続きを待つ。


「マスターには以前言いましたよね、セントラルに愚妹が所属してるって?」


「ええ、たしかあなたと同じように回復魔法を扱えて、医療部門に務めているとか――」


「さっすがマスター、なんでも覚えてくれてて助かります。――で、私と違ってバカが付くほど真面目な妹なんですけどね?」


 リンカは自分の不真面目さを十分理解しているようだ。そして、それを正す気は微塵もないらしい。


「真面目過ぎるから、私とは大して仲良くないんですけどね……。頼みごとはしっかりを聞いてくれるんですよ? で、例の症状が出てる学生、やっぱりセントラルにいるみたいです」


 彼女の話をシャネイラは神妙な面持ちで聞いている。そして数秒の間、沈黙の時が流れた。




「――ところで、リンカ? その、カレンの容態はどうですか?」


 シャネイラはセントラルの学生に関する話を一旦おいて、急に話題を変えた。



「あー、カレンですか? それがですねー……、とてもとても残念なんですが――」



 リンカは下を向いて言葉を区切る。そして、顔を上げると真っ直ぐにシャネイラの目を見つめて言った。



「ピンピンしてますよ? 怪我も舐めたら治るくらいのものでしたし、毒もほとんどまわってませんでしたからねー」



「そうですか。ですか……、カレンにを付けるだけでも大したものです。サーペントのオージェと言ってましたか。気を付けないといけませんね」




 先日、カレンは酒場「オデッセイ」からの帰り、暴漢に襲われた。3人組のうち2人は難なく叩き伏せたのだが、残りの1人、剣士ギルド「サーペント」所属のオージェと名乗る男に苦戦を強いられた。


 カレンが負ったのはほんのかすり傷。しかし、相手の得物には毒が塗られており、彼女の血中にほんのわずかながらそれが流れ込んだのだ。


 毒の影響が出る前に決着を付けようとしたカレン。当然ながら相手の男は、時間を稼ぐ戦術に出ようとした。だが、ここで彼にとって不測の事態が起こる。カレンを目の前にしたオージェは近くに別の人間の気配を察知したのだ。それも……、明らかに「手練れ」のものを。


 カレンの実力から、たとえ毒で多少動きが鈍ろうとも2対1は避けたいと考えたオージェは、自らその場を退いたのだ。


 念のため、ブレイヴ・ピラーの救護室で手当てを受けたカレンだが、傷も毒も大したものではない。しかし、結果だけみれば危機に陥ったところを助けられた恰好になった彼女は、今でも口を開くなり文句を言っている。


 カレンの窮地(?)を救ったのは、隠密部隊の隊長「ミラージュ」だった。



◇◇◇



 ――先日の夜。ここはブレイブ・ピラー本部の救護室。



「まったく……、頭にくるねぇ! 誰が助太刀なんか頼んだって話だよ!?」


 オージェと対峙していたカレンだったが、相手は助っ人の気配を察知して逃げてしまった。

 彼女としては微量の毒程度で動きが鈍るわけでもなく、戦いに水を差された気分でいるのだ。ましてや、自身が「助けられた」扱いなのが気に喰わないらしい。


「あのハゲ頭! 酒場では白々しく『お客様はブレイヴ・ピラーの……』とか抜かしちゃってさ、あの日も酒ぶちまけられる前に顔出せって話よ?」


 真っ白なベッドに腰掛けながら大きな声で文句を並び立てるカレン。その横ではリンカが面倒くさそうな顔をしながらカレンの傷口に付着していた毒の成分を調べていた。


「――こっちは夜中にわざわざ治療してやってるんだからー、ぎゃんぎゃん騒がないでもらえます? たっぷり血ぃ抜かせてもらえるならかまわないけど?」


「リンカは今日、元々夜中の当番だろ? 呼び出された、みたいな顔しないでくれるかい?」


「あらら、バレてた? 恩を売ってやろうと思ってたのに……」


 リンカは、簡単に毒の効果を説明したうえで茶色い薬の小瓶を手渡した。


「とーっても残念ですが、っといても影響ないくらい微量の毒しか入ってませんでしたー。一応、薬は渡しとくから体に痺れがあるようなら飲んどいて」


 カレンは受け取った小瓶を手のひらでくるくると弄びながら一応、リンカにお礼を告げた。


「――そういえば、ミラージュってハゲてましたっけ? 変装ばっかりで元の顔がどんなかすらもう記憶が怪しいんだけど?」


「酒場で顔合わせた時は、頭を剃ってたよ。相変わらず、気配を消すのも放つのも上手いやつだよ。今日だって、わかりやすく殺気全開で存在を主張してたからねぇ?」


「カレンを助けるためでしょう? 姿を見せずに追い払ったんだから大したモンじゃないですかー」


「まったく……。それが余計だって話さ」

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