◇間奏16 前
夜の路地裏の空き地、普段は
カレンを尾行し、隙あらば襲い掛かろうとしていた男たちは、逆に空地へ追い込まれるかたちとなってしまった。あまりのばつの悪さと、余裕の表情を見せる彼女に暴漢の1人は声を上げて掴みかかろうとした。
しかし、カレンは男の腕をするりと躱すと、同時に懐に潜り込んで下顎から剣の柄で思い切り突き上げた。身体の大きさだけなら明らかにカレンが小さい。だが、女性らしい線の細いシルエットが繰り出す一撃は巨大な男を宙に浮かせていた。
「はい、まず1人っと……。おやおや、もう1人はこないだ酒をぶちまけてくれたトーマスさん、だっけ?」
カレンに名を呼ばれて、男の1人はたじろいでいる。彼女が口にしたように、そこにいたのは先日酒場の席にてカレンの酒をこぼしてしまった店員だった。
「あっ…、あれは『警告』だったんだ! なにを探っているか知らないが、妙な真似をしたら――」
「どうなるんだい? 教えてもらおうか」
トーマスは懐から小刀に近い長さのナイフを取り出して、その切っ先をカレンに向けた。しかし、そんなもので動じる「金獅子」ではない。
「ほら、どうした? じれったい。かかってきなよ? いい夢見させてやるからさ? ちょっとだけ寒いかもしれないけどねぇ?」
カレンは自ら刃の矛先へと向かって近付いてくる。この恐れ知らずの動きがかえって相手を恐怖させるのだ。
トーマスは完全に間合いに入ったカレンに斬りかかろうとするが、それを実行する前に地面に倒れていた。鞘に収まったままの剣で後頭部を強打されて気絶したのだ。
わずかな時間で3人いた彼女の敵は、残り1人になっていた。しかし、最後の1人に対してのみカレンは迂闊に間合いを詰めずに様子を見ている。
「――あんたは……、どこかで見た顔だねぇ?」
「ヒヒ……、俺の顔を覚えているのかい? 金獅子様は剣捌きだけでなく、記憶力もいいのかい?」
カレンの問い掛けに答えた男は、鍛えられた肉体の持ち主――、だが、極端に発達した筋肉以外は驚くほど削ぎ落されていた。
まるで骨の模型に筋肉だけ張り付けたような異様なシルエットは、獲物を前にした
「思い出した、『アルコンブリッジ』だ。まものの大群が押し寄せて来た時の討伐隊に参加してただろ?」
半年近く前、魔鉱石の眠る通称「黒の遺跡」と呼ばれる場所から大量のまものが溢れ出し、アレクシアの城下町に迫った事件があった。
王国騎士団と、支援に応じた国内のギルドが部隊を編成し、遺跡と城下を結ぶ道中にある巨大な橋、「アルコンブリッジ」にてまものの大群を迎え撃ったのだ。
カレンはこの時、戦闘の最前線でまものの群れと戦った。その際、今目の前にいる男を目撃していたのだ。
「いい腕してたからよく覚えてるよ? それに鉄甲で戦うやつなんて珍しいからねぇ?」
彼女は男が手に付けている金属製の武器に目を向けてそう言った。先は刃となっており、殴るのはもちろん、刃物のように斬り付けることも可能のようだ。
「所属は……、『サーペント』。ようやく蛇が尻尾を見せてくれたかねぇ?」
カレンは、右手に握っていた剣の鞘を振るい落とし、左手も腰に差した剣の柄に添えた。
「私に街中で2刀抜く気にさせただけでも、大したもんだよ」
対する男も両手を肩の位置まで上げて構えをとった。
「ヒヒヒ、なにが言いたいか知らねえが、夜の空き地で機嫌の悪い戦士2人がたまたま出会った。ようはそれだけのこと」
「――おもしろい。マズい酒飲んでばかりで退屈してたんだ」
カレンは、目に闘志を宿しながら口元を大きく緩めて見せた。
「一応……、名乗っておこうか。ブレイヴ・ピラー2番隊所属、カレン・リオンハートだ」
「おもしろい、形式に付き合ってやるか? ――サーペント所属、オージェ・フィアー」
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