第126話 狼煙

 3回生の学生たちは各々で左胸の辺りに配られたワッペンを取り付けた。青色をしたこのアイテムは、術者が魔法に被弾するかペアとの距離が一定以上離れると赤色に変わってしまう。

 距離に関しては、徐々に色が変わっていくためお互いの距離間については事前に気付くことができるようだ。


 演習開始の合図と同時に配布のワッペンは淡く発光を始めた。光は5分経過するとなくなってしまう。これが魔法の使用を許可する知らせとなる。



 学生たちはそれぞれが決めた作戦の元、森の中に散り散りになって入っていった。その様子を教員たちが見つめている。


「人数が多いからねぇ。最初はあっちこっちで戦いが起こるはずよ?」


「一応成績に反映されるが、この演習はレクリエーション的な意味合いも強い。学生たちには楽しみながら競い合ってほしいものだな」



 エクレールは、アフォガードとティラミスの会話に混ざりながら、自身も手に持っているワッペンを見つめていた。


「そろそろ……、消えますね。戦闘開始ですよ」



◇◇◇



 周囲で魔法を撃ちあう音が狼煙を上げていた。川の畔、視界の開けたところでウェズンとスピカは背中合わせに立って周囲の様子を窺っている。


「誰も……、来ませんね?」


「うーん、もう少し様子を見るのがいいと思うの。最初はどうしても顔を合わせやすいから戦いがよく起こるのよ?」



 彼女たち2人は森林エリアの地図を見て予め陣取る場所を決めていた。それが今いる川の畔。開始の合図と同時にそこへ一直線に駆けてきたのだ。道中、同じ場所を目的にしていたのか、何人かの学生ペアと顔を合わせた。

 しかし、彼らは皆揃ってウェズンの姿を確認すると、進路を変更して別のところへ行ってしまったのだ。


 どの生徒も序盤から彼女との交戦は避けたいようだ。一方、スピカも今回の演習で積極的に戦いにいくつもりはなかった。いわば、待ちの姿勢。しかし、向かってくる相手には逃げずに真っ向から迎え撃つつもりでもいる。


 ウェズンは、についてはスピカに委ねているようだ。彼女のやり方を尊重しつつ、全力で支援するつもりでいる。


「アトリアさんはわからないけど――、ベラトリクスくんは血気盛んな感じだったからどんどん点を稼いでいくつもりなのかしら?」


「どうでしょう? あの2人の息が合うのかがとっても心配ですけど……」


「うふふ、他人の心配をするなんて案外余裕なのね、スピカさんは?」


「そっ…そんなことはありません! ですが、誰が相手でも全力で楽しんでいくつもりです!」


 ウェズンは周囲を警戒しつつも、しばらくは退屈な時間が続くだろうと予想していた。自分の力を同級生たちがどれほど恐れているかは十分理解しているのだ。


 ただ――、一時辛抱すれば必ず楽しめる時間がくるとも思っていた。


 彼女が認める数人の優秀な魔法使いたちは簡単にやられたりしないはず。そして、彼らは残りの人数や時間が少なくなった時、必ず自分の前に立つと思っていた。


 誰が、どこから……、場合によっては共闘もあるかもしれない。ウェズンはさまざまな想像をしながらこの先の展開を予想していた。

 しかし、なにより彼女が楽しみにしているのは、今背中を預けるスピカの能力がどれほどのものか――、なのだった。

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