◇間奏15
酒場「幸福の花」、閉店の時間が近付いており、すでに店内にお客の姿はなくなっていた。
「あとは私がやりますから、ブルードさんは先に上がってください」
お皿をまとめて運んできたスガワラが厨房のブルードに声をかける。
「おう、スガさんもすっかり一人前になったな。そんならあとは任せて上がらせてもらおうか!」
エプロンをとって小さな鞄を背負い、店の扉を開けるブルードをスガワラとラナンキュラスが並んで見送る。
「そういえば……、最近この時間が静かだと思ったら、いつもギリギリまでいるカレンが来てないのか?」
「ええ、お昼にときどき顔を出してくれていますが、お仕事の関係で別の酒場に通っているようですよ?」
ブルードは改めて店内の席を見渡した。いつもなら男性客の一人二人がカレンと飲み比べをして倒れているところだ。
「――カレンがいないと静かになるもんだな?」
「ふふっ……、たまにはこういうのもいいですけど、続くと寂しくなりますね」
ラナンキュラスはカレンがいつも座っているカウンター席にちらりと目をやってそう呟くのだった。
◇◇◇
アレクシア城下町の東にある大きな酒場「オデッセイ」、カレンは連日「単なる客」としてここを訪れている。
「金獅子」の通り名は、剣を握る者の界隈ではあまりに有名だ。その姿を見ただけで警戒する者もいる。そして自分が目立つ存在であることを誰よりもカレン自身が理解していた。
彼女は魔法使いを破滅に追いやる悪魔のクスリ、「エリクシル」についての調査を進めている。そして、それに関わっているであろう組織「サーペント」を追い詰めるための材料を探していた。
カレンは自身が「抑止力」になろうとは考えていなかった。自分の存在によって、対象の動きが抑えられたとしてもきっと長くは続かない。ただただ客として姿を見せるカレンの存在にいつかはしびれを切らすだろう。
彼女はその時をじっと目を凝らして待っているのだ。なにか目立った動きがあれば、自分が気付かなくてももう1人、息を殺してこの酒場に潜んでいる「ミラージュ」がきっとなにかを掴みとるだろう。
もしくは、「抑止」の根底となっているカレンを排除する動きがあるかもしれない。彼女からすればそれこそ望むところだった。
酒場の閉店時間が迫る頃、彼女は勘定を済ませて城下町の路地をひとり歩いていた。ただ、カレンの行く先はいつもの駅へと向かう道とは異なる方向だ。
どこか宛てがあるのか、時折足を止めては道を確認するかのように周囲を見回して再び歩き始める。そうして、複雑な路地の先にある空き地へと入り込んだ。
「――どこへ行った!?」
「消えたぞ、あの女!?」
そこで忽然と姿を消したカレン。複数の男たちが慌てた様子で空き地へとやってくる。どうやら彼らはカレンの後をつけて来ていたようだ。
「はいはい、下手くそな尾行ご苦労さん。追っ手は3人だけかねぇ?」
路地へ抜ける道を塞ぐようにして、背後からカレンはその姿を現した。どうやら、酒場を出た時点で追っ手に気付き、あえて
暗がりの中、かすかに月明かりが彼女の顔を照らす。いつもの余裕ある表情の金獅子は、さらに不敵な微笑みを浮かべた。
「ようやく手を出す気になってくれたようだねぇ? この日をずっと待ってたんだよ?」
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