第122話 スピカとセンセ
ヴィルゴ村がまものに襲われていると一報が入った時、ルーナは魔鉱石の護衛任務を終えて王城へと戻っていた。
村の位置から彼女はすぐに、自分が仕留められなかったまものの群れが矛先を変えてなだれ込んだのだと理解した。ただちに数名の仲間を連れてヴィルゴ村へと急行する。
そして、破壊し尽くされた村の姿を目の当たりにするのだった。
仲間と共にまものを警戒しつつ生存者を探したルーナ。しかし、そこにはただただ目を覆いたくなるような惨状があるだけだった。
自らの無力さと判断の甘さを呪い、絶望に打ちひしがれる彼女だったが、そこで奇妙なものを目にする。
それは空から降ってきた少女。夕日に溶けそうな緋色の髪をした女の子だった。ルーナは少女から感じる魔力からすぐに状況を理解した。それは特異魔法の一種、「重力魔法」を操る彼女だからこそ理解できるものだった。
この少女は、自分と同じ系統の魔法を使える。そして、彼女の生存本能がそうさせたのか、この子はまものが迫りくる中、襲われる村を見下ろしながら空へと逃げて生き延びたのだ、と。
ルーナは同行した仲間たちに頼み、少女の存在を隠した。ただ身寄りのない子どもならそうはしなかったかもしれない。
しかし、少女は自分と同じ特異魔法が使える。特殊な魔法の使い手で、保護する者もいないとなればどのように扱われるか……、魔法研究の暗部を知っている彼女なら容易に想像ができた。
この時ルーナ・ユピトールは、少女が1人前に成長し、自らの足で未来を歩み始めるまで自分の人生を捧げると誓ったのだ。
ヴィルゴ村の惨劇の責任を一身に引き受け、彼女は王国魔導士団を退任した。
元々、セントラル在学中に魔法学指導者の免許をとっていた彼女は、辺境の地でひっそりと魔法の手ほどきをしながらスピカと暮らしていく。
スピカはどうやらルーナと出会う前から魔法の指導を受けているようだった。
ルーナの調べでは、たしかにヴィルゴ村には学校と呼べるか怪しいほどの小さな学び舎があり、そこに1人の魔法使いが在籍していたようだ。きっとその人もスピカの才能に気付き、魔法を教えていたのだろう。
スピカは将来魔法使いになりたい、と話していた。ルーナは自分の持ち得るすべての技術を彼女に伝えると決心した。
ルーナは成長したスピカに、自身のことをすべて語って聞かせた。恨まれても、突き放されても――、殺されてもいいくらいに彼女は思っていたのだ。
しかし、スピカはルーナに感謝こそすれども怨みの一言も言わなかった。無くなった村の思い出を楽しそうに話し、亡くなった両親についても語ってくれた。ただ、まものに対する憎悪だけは滲ませることもある。
彼女の怒りの矛先はすべて「まもの」に向けられているようだ。
ルーナの口から語られるスピカの話は、アトリアが思っていた以上に重く辛い話だった。話を聞きながら表情を曇らせるアトリアに対し、ルーナは笑って語り掛ける。
「同情なんてしなくていいからね? あの子はとても強くて優しい。村が滅ぼされたことも両親が亡くなったこともしっかり受け止めている。そのうえで私を恨むでもなく、『センセ』と慕ってくれる」
「……スピカは、『センセみたいな魔法使いになりたい』と私に言っていました」
アトリアの話に、ルーナはかすかに虚を突かれたような表情をした。その後、また表情を緩めて語りだす。
「とてもうれしいけれど、きっとその『センセ』は私ではないよ」
「……えっ?」
「あの子の言い方はややこしくてわからないと思うけど、『センセ』と『
ルーナは指で虚空に文字を書くようにして「センセ」と「先生」について説明している。しかし、それを聞いたところでスピカの発する「センセ」がどちらを指すのか、アトリアにはわかりようがなかった。
「……スピカの目標はひょっとしたらユピトール卿ではないのかもしれませんが……、あなたを尊敬しているのは間違いありませんよ」
アトリアの言葉。そして、彼女は今回スピカの魔力が暴走して意識を失うまでの
スピカは同級生から、師である「ルーナ・ユピトール」を侮辱されたことに激昂したのだ。
これらがルーナの心にどれほどの救いをもたらしているか、それは彼女にしかわからない。
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