第120話 アトリアの疑問
アトリアは、スピカの師匠がルーナ・ユピトールだったことに困惑していた。編入式の日、スピカが自己紹介で言った「ヴィルゴ村」は今、存在していない。
ポラリスがたまたまかつてその村であった悲劇を知っており、スピカの話に疑問をもっていた。まものに襲われたあの村の生存者はいなかったはず。なのに、なぜスピカはヴィルゴ村出身と言ったのか? 彼女はその不思議な嘘に違和感をもち、アトリアに話していたのだ。
『……スピカの話を私なりに調べて、たしかにおかしいと思った。けど、まさかその師匠が村の悲劇にかかわったルーナ・ユピトール様だったなんて……』
「私は例の事件、ユピトール卿だけの責任とは思いませんが? 王国の部隊編成や周辺地域の守りが甘かったのだと思います。名の通った魔法使いの貴女様に責任が集中したのをいいことに、王国は責任を逃れたのでしょう?」
リンデは事件当時を振り返りながらそう語った。実際に、ルーナ・ユピトールが王国魔導士団から退いたことで、次第に王国への追及は収束していったのだ。
「くふくふくふ……、仕方のないことさ。私が浮かれていたのは事実。周りから『最強の魔法使い』などと言われて調子付いていたのさ。王国魔導士団なんて身の丈にあっていなかったのだろう?」
ルーナの話を聞きながらアトリアは考えていた。スピカとこのユピトール卿は一体どこで出会ったのだろうと。このふたりは単なる師弟関係なのかと。そして、なにより、スピカの身になにかあったのなら普通は両親が訪れそうなものだ。
なぜ、最初に姿を見せたのが魔法の師匠なのか?
「――セン…セ?」
「……スピカ!?」
ルーナの声が届いたのか、たまたま意識が回復したのか、スピカはうっすらと目を開き、緩慢な動きで首を左右に動かして周りの様子を確認していた。
「スピカさん? 私――、は元から知らないだろうから、アトリアさんとユピトール卿のことはわかる?」
リンデはスピカの耳元に顔を寄せて囁いている。スピカの意識ははっきりしているようで、コクコクと何度も頷くと勢いよく起き上がろうとした。しかし、リンデの手がそれを制し、両肩に手を置いて横になっているよう促す。
「元気そうだけど、急に動かない方がいい。お昼くらいまではここで休んでいなさい。私は先生方に伝えてくるからアトリアさんとユピトール卿は少しの間、スピカさんのことをお願いします」
2人に軽く頭を下げて医務室を出て行くリンデ。残されたアトリアとルーナはスピカの顔を見つめながら、一息おいて話しかけた。
「……心配した。見たことないくらい怖い顔してると思ったら急に気絶するんだもの」
「あたし、意識を失っていたんですね? まさかセンセにまで来てもらうなんて……。ご心配をおかけしました」
「くふくふくふ、スピカが無事ならどうってことないさね? アフォガード先生からある程度の事情は聞いたよ?」
ルーナはゆっくりとスピカの髪を撫でながら、穏やかな表情で語り掛けた。
「研究員の学生さんたちは大丈夫だったでしょうか!? あたし、センセのことを悪く言われたと思ったら、魔力が暴走してしまったみたいで――」
「私のこと? くふくふ……、ルーナ・ユピトールを悪く言う奴なんて放っておけばいいのさ? いくらでもいるからね、そんな連中は? 切りがないよ」
「でもっ!!」
「私のことはいいさ。それよりアトリアさんにきちんとお礼を言っておきなさい。心配して昨日はずっと傍にいてくれたようだから?」
急に話を振られてわずかに狼狽えるアトリア。
「……ずっ! ずっと、じゃないから。とにかく無事でよかった。スピカがいないと部屋が静か過ぎるから。ベラトリクスやポラリスも心配していたし――」
彼女の反応を見て、スピカは満面の笑みを浮かべるのだった。
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