第118話 ユピトール卿
スピカが医務室に運ばれた日の翌日、彼女の傍らには2人の人間が立っていた。
「お久しぶりです、アフォガード先生。ずいぶんと貫録がでましたね? くふくふくふ……」
「『老けた』と言えばよかろう? しかし本当に久しいな、ルーナよ?」
「センセ」こと、ルーナ・ユピトールは医務室にてリンデからスピカの容態についての説明を受けていた。そこに顔を出したのがアフォガードである。
「――君からスピカ推薦の旨を聞いた時は驚いたものだ。王国を抜けてから、まさか指導者の道を歩んでいたとは……」
「くふくふくふ、『指導者』なんて言われるほど大したものではありません。ただただ、ひっそりと……、魔法の手ほどきをしているだけですよ?」
「君の声を聞けば、彼女も目を覚ますかもしれん。身体に異常は見られないようだからな。スピカはよほど、君のことを尊敬しているようだ?」
「くふくふ……、心配をかけさせて申し訳ありません。私を慕ってくれるなんてね……。本当なら恨まれてもおかしくないのだけど」
ルーナは、寝ているスピカの髪を愛おしそうに撫でながらそう呟いた。
「こほん……、私はこれから講義の準備をしなければならん。スピカのことは君とリンデくんに任せるとしよう」
アフォガードはそう言って医務室を出て行った。そして、それと入れ替わるように姿を見せたのはアトリアだった。
「……おはようございます、リンデ先生」
「これはこれは……、スピカのお友達のアトリアさん、だったかしら? いつかの酒場以来だね?」
「……あっ、おはようございます。『センセ』――、とお呼びしたらよろしいのでしょうか?」
「くふくふくふ、私はなんでもかまいませんよ? スピカを気に掛けてくれてありがとう」
「アトリアさんもルーナ様とお知り合いなんですね? 私はスピカさんがあの『ユピトール卿』のお弟子さんと聞いて驚いていたところです」
リンデの言葉に理解が追い付いていないアトリア。きょとんとした顔で数秒固まった後に、センセへとその目を向けた。
彼女の視線を受けて、無言でにやりを笑ってみせる「センセ」こと、ルーナ・ユピトール。
「……えっ…と、『センセ』はあのルーナ・ユピトール様、なのですか?」
「おやおや……、今の学生たちでも案外私の名前なんて知っているんだね? とうの昔に過去の人になって忘れ去られていたと思っていましたよ?」
「ユピトール卿」こと、ルーナ・ユピトール。ラナンキュラスがこの学校に現れる前、10年近くの間、「不世出の魔法使い」として語り継がれていた名だ。
「……まさか、スピカの先生があのユピトール卿だったなんて――」
「今は辺境の地で魔法を教えているただのおばさんですよ、くふくふくふ……。それに」
ルーナは一度言葉を区切ってから、数秒間を空けて続きを語りだした。
「この名を知っているのなら――、私がいかに汚点を残した魔法使いかも存じているのでしょう?」
ルーナの言葉に、アトリアは……、そして近くで聞いていたリンデも黙り込んでしまった。彼女の言った「汚点」の意味を2人とも理解しているからだ。
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