第115話 逆鱗

「だってさぁ、あなたが出身の『ヴィルゴ村』って10年くらい前に無くなってる村でしょ!?」


 誰かがこう口にした後、4人の学生は声を殺すのも忘れて笑いはじめました。



 ――たしかに、皆さんの言うことは事実です。あたしの育ったヴィルゴ村はもう、この国には存在しません。


「むっ……、村はたしかにもう無くなっています。ですが、あたしは――」


「私、ちょっと調べたんだけどさ! ヴィルゴ村が無くなった事件ってけっこう有名みたいじゃない? 王国所属のバカな魔法使いが任務で失敗して――」



「――今、ナンテ言ッタ?」



「……えっ?」



◆◆◆



 ベラトリクスといがみ合いをしていたら、いつの間にか講義室の中は人がいなくなっていた。スピカもどこかへ行ってしまったみたい。少し前まではゼフィラやシャウラもここにいたと思ったのだけど、私たちの口喧嘩に呆れていなくなってしまったようだ。


「……みんな、いなくなってしまったじゃない?」


「オレが知るかよ!? ――ったく、お前とペアなんてホント頭が痛いぜ?」


「……その言葉、そのままお返しする。品のない男は嫌いなの。礼儀知らずは尚更」


 ダメだ。話をすればするほど火種が広がっていきそう。残念だけど、次の演習はいい結果を望める気がしない。



「あっ…、アトリアさん! それにベラトリクスさんも! たっ、大変なんです!!」



 私たちが無言で睨み合っていると、講義室にポラリスの大きな声が響いてきた。彼女の様子から只事ではなさそうだけど……?


「スピカさんが! スピカさんが大変なんですぅ!」


「スピカがっ!?」

「……スピカが?」


 私とベラトリクスはこの瞬間だけ視線を合わせて頷いた。ポラリスに言われるがまま、講義室を出て非常階段のある方へと駆けていく。

 冷静さを欠いた彼女からは状況をあまり聞けそうになかった。とにかく、一刻も早くスピカのいるところへ案内してもらう。



 ポラリスのこの様子……、一体スピカになにがあったというの?



 そして、私がスピカの姿を視界に入れたとき、その異様な光景も同時に目にするのだった。



「……なっ、なにこれ?」

「なにがどうなってんだ、これはよぉ?」



 非常階段の周りには4人の同学年と思われる学生が倒れている。皆、揃って腹這いになって呻き声を上げていた。まるで、みんなして見えない重しに圧し潰されているかのようだ。


 対照的にスピカは、倒れている彼らの中心にひとり立っていた。彼女の赤い外はねの髪がかすかに逆立っているかのように見える。俯いていて、その表情を遠目から窺うことはできない。

 さらに至近距離まで行かなくても感じられる強烈な魔力の渦。スピカの元へ駆け寄ろうとしたけれど、思わずそれを躊躇してしまった。


『……これはなに? おそらく、近付いたら私も?』



「スっ、スピカさんが! 研究員志望の人たちと話しているのが遠目で見えまして……、気になって見ていたら急にこうなってしまって――」


 ポラリスは自力ではどうすることもできないと判断して、私たちのところへやって来たようだ。


「おい、スピカ! どうした!? 一体なにがあった!!?」


 私が声をかけようと思ったとき、ベラトリクスが先に叫んでいた。彼は一定の距離まで近寄ってからその歩みを止めた。これ以上進むとなにか危ないと察したに違いない。


 ベラトリクスの声に反応して、スピカは顔を上げてこちらを見た。


 その表情は……、私が初めて見るスピカの怒りの形相。


「……スピカ、スピカっ!! どうしたっていうの!? とにかく落ち着いて!!」



 険しいスピカの目付が私と合わさったとき、彼女は糸が切れたように突然その場に倒れてしまった。同時に周囲を覆っていた魔力の渦もその気配を消した。


「スっ、スピカさん!」


 ポラリスとベラトリクスが慌てた様子でスピカの元へ駆け寄っていく。倒れていた生徒たちは疲れ切ったような鈍い動作で起き上がろうとしていた。


「アトリア、医務室へ急ぐぞ! スピカの……、意識がねぇ!」

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